理論 → 道具(minimalQDA)→ 実践
第8回 人文学とデジタル技術(2026)
人文学的探究としての質的分析を、その理念から手順まで一望する
質的データ分析とは、インタビュー記録や観察メモなど 数値化できないデータ に対して意味を読み解く手法です。文章や会話、画像といった非数値データを題材に、その中から共通するテーマやパターンを探し出します。
収集したデータに対し コード化(コーディング) などの方法で意味を解釈し、人々の関係性や価値観・概念について理解を深めていきます。質的分析の成果は統計的な数値ではなく、データに潜む 意味や物語 として表現される点に特徴があります。
🐘例えばインタビューの文字起こし、フィールドノート、日記、写真・映像——どれも数値では捉えられない素材ですが、丁寧に読み解くことで、人間の経験や社会文化的な現象を深く理解することができます。
質的分析の目的は、数値では捉えきれない文脈に基づいた深い洞察を得ることにあります。人間の行動や語りには複雑な背景や意味が込められており、質的手法によってそれら「なぜ」「どのように」を解明できます。
人文学では、時間をかけてゆっくりと考察を深める姿勢が重視されます。これは理工系の「高速に結果を求める科学(ファストサイエンス)」に対し、人文系では スローサイエンス とも呼ばれるゆったりとした探究を尊ぶ伝統に対応しています。データにじっくり向き合うプロセスは 発酵 に喩えられるように、時間の経過が思考を成熟させる重要な役割を果たします。
⏳ 時間の流れへの意識
現在目の前の現象だけでなく、そこに至る過去をひもとき未来を想像することで、現象の意味をより深く理解しようとします。
🔄 反復と内省
研究者自身が内省と対話を繰り返しながら解釈を練り上げ、データの断片が次第につながり合い 一貫した物語(ナラティブ) として見えてきます。
📖 物語作成という創造的営み
質的研究における「物語作成」とは、分析によって見出した関係性や概念をもとに、現象をうまく説明できるストーリーを構築する作業を指します。データから結論を引き出すだけでなく、研究者が見出した意味を読者に伝わる形で再構成する創造的な営みです。
質的データ分析の核心作業が コーディング(コード化) です。質的データの一部分(テキスト断片など)に対して、その内容を表すラベル(コード)を付ける作業を指します。コードは通常、データ中のテーマや特徴を端的に表現した短い言葉やフレーズです。
例えばインタビューで「大学のサークル活動が無駄に感じる」という発言があった場合、「サークルに対する否定的見方」というコードを付与するイメージです。コードを付けることで、膨大なテキストから重要な要素を抽出し整理できるようになります。
Saldaña 2021, Fig 1.1:データ → コード → カテゴリー → テーマ/概念 → 理論
この図は Johnny Saldaña の提唱するコード化プロセスの簡略モデルです。左側に複数のデータがあり、それぞれに第一次サイクルのコードが付与され、関連するコードがカテゴリー(サブカテゴリー)にまとめられ、さらにいくつかのカテゴリーが テーマ/概念 へと発展し、最終的に研究の 主張や理論 に結びつく——という流れを示しています。具体から抽象へ、特殊から一般へ、というベクトルが分析の基本構造です。詳しくは Part Ⅳ(コラム) で。
8.1.3.1 コードの種類と視点
🎉 独りよがりに陥らない
分析者の主観が強く入りすぎるとデータからかけ離れたコード付けをしてしまう恐れがあります。可能であれば自分の付けたコードが妥当か、指導教員や他の研究者と ディスカッション しましょう。複数の人が同じ逐語録にコードを付けてみて結果を比べると、自分では見落としていた視点に気づけます。質的分析には絶対的な「正解」はありませんが、データに根ざした説得力ある解釈を目指しましょう。
質的分析と量的分析にはアプローチの違いがあります。主要な点を整理します。
| 観点 | 質的分析 | 量的分析 |
|---|---|---|
| データの性質 | テキスト・映像・音声データ(内容や意味に焦点) | アンケート集計や実験の測定値などの数値データ |
| 目的と問い | 「何が起きているか」「なぜ」「どのように」(帰納的) | 「どの程度か」「違いは有意か」(演繹的) |
| 研究デザイン | 柔軟。状況に応じて方法を変更・調整できる | 手順が厳密に定型化される |
| データ量と結果 | 少数のケースを深掘り、文章や概念モデル、事例の物語 | 多数のサンプル、数表・グラフ・統計指標 |
| 一般化範囲 | 特定の状況や文脈に密着。一般化には慎重さが必要 | 広範な対象への一般法則。文脈差異は捉えにくい |
🌉 質的・量的を架橋するデータサイエンス
近年では両者を橋渡しするデータサイエンスの技法も登場しています。トピックモデリングや自然言語処理(NLP)といった計算手法により、大量のテキストデータからパターンや潜在的テーマを自動抽出することが可能です。コンピュータによる定量的処理と研究者による定性的解釈を組み合わせる 混合手法 が、現代の質的研究で広まりつつあります(第12〜14回で扱います)。
質的データを分析する基本的な流れは、次の 7 ステップとして整理できます。実際には直線的ではなく反復的に進み、各段階を行きつ戻りつしながら理解を深めていきます。
研究計画とデータ収集:目的・問いを設定し、それに沿ってデータを集める。インタビュー、フィールドワーク、自由記述、日記、文書資料、ネット投稿など、多様な質的データが対象になる。倫理的配慮(同意取得、個人情報保護)も重要。
データの準備(逐語録):音声は逐語録(トランスクリプト)を作成。理想的には24 時間以内に。「えー」「あー」など躊躇や沈黙も意味を持つ場合は記録する。バックアップを忘れずに。
データの精読・全体把握:何度も読み返し、内容や雰囲気をつかむ。先入観をできるだけ排し、生データを丹念に読む。最初はパターンを直感的に感じ取ることを重視。
データの分割とコード化:テキストを意味のある小さな単位(語りの断片)に区切り、それぞれにラベル(コード)を付与する。一つの断片に複数コードを付けても構わない。
コードのグループ化とカテゴリー化:似たコード同士をまとめて上位のカテゴリーを作る。日本では KJ 法 と呼ばれるカード分類の手法でグルーピングすることも。バラバラな発言から抽象的なテーマやパターンが浮かび上がる。
解釈と結論の導出:カテゴリー同士の関係を考え、データが語るストーリーラインや理論モデルを構築する。質的分析で最も創造的で重要な部分。
結果の報告と検証:読者がデータを追体験できるよう具体的な引用を示しながら論じる。信頼性のためトライアンギュレーション(多角的検証)も実施。匿名化など倫理的配慮も最後まで欠かさない。
⌨️ ステップ 2 の足元:タッチタイピング
逐語録作成は質的研究の地味だが基礎的な作業です。タッチタイピング(キーボードを見ずに正確に打つ技術)が身についていると、文字起こしの精度と速度がまるで違ってきます。ホームポジション(下図 F・J キーの突起)を意識し、各指を担当キーに戻す習慣を身につけましょう。文字起こしの自動化(第 7 回 Whisper)と組み合わせれば、誤認識の修正もスムーズです。
ホームポジション(A・S・D・F/J・K・L・;)から指を動かす
質的分析のプロセスは、パン作りにおける 発酵 の過程に喩えられます。時間をかけて材料を醸すことで美味しいパンができるように、データにも時間を与えて熟考することで深い解釈が得られます。
発酵思考の 5 段階(菅原 2025)
🌾
① 材料を集める
データ収集(インタビュー・観察)
🥖
② 生地をこねる
整理と一次分析(コード化)
😴
③ 生地を寝かす
熟考とメモ(間をとる)
🫧
④ 発酵させる
解釈・テーマ抽出・物語作成
🔥
⑤ 焼き上げる
執筆・報告
①材料を集める:研究テーマに沿って、インタビュー・参与観察・関連資料を集める。多様な「材料」が、後の分析の土台になる。
②生地をこねる:データを読み込み、テキスト化・整理し、内容を細かなコードに分類する作業を始める。パン生地をこねて材料を均一に混ぜ合わせるように、生のデータを扱いやすい形にほぐす。
③生地を寝かす:一通りコード化したら、少し時間を置いてデータと分析メモを振り返る。間を取ることで新たな発見が生まれる。寝かせてから読み返すと、見過ごしていた重要なパターンに気づくことがある。
④発酵させる:浮かび上がったカテゴリやパターンをまとめ、より大きな テーマや概念 を抽出する。コード→カテゴリ→テーマ→理論へと分析のレベルを段階的に高め、データに内在する物語が形作られていく。
⑤焼き上げる:分析によって見出したテーマや物語を、論文やレポートの形に整える。引用を示しつつ、研究結果を物語として伝達する。
📌 ①〜⑤は一度ずつ行えば完了するものではなく、実際には ①〜④を何度も往復しながら進めます。新たな発見に応じてデータに立ち戻ったり、コードを修正したり——この再帰的プロセスによって、当初は見えなかった深い意味やパターンが少しずつ明らかになっていきます。
人類学者・哲学者の アネマリー・モル(Annemarie Mol)が提唱する プラクシオグラフィー(Praxiography:実践の記述) は、従来のエスノグラフィーが抱えていた「人間中心主義」や「認識論的な限界」を突破するための、STS(科学技術社会論)由来の方法論的ツールです。
伝統的なエスノグラフィー(特に解釈的・象徴的エスノグラフィー)との核心的な違いは、「意味(Meaning)」から「物質的な実践(Practice)」への焦点の徹底的な移動にあります。質的分析で何を見るか、何にコードを付けるか、という最も実践的なレベルにも影響を与える視点です。
プラクシオグラフィーの基盤には、社会科学が「現実(自然)は一つで、人間の解釈(文化)が複数」という前提を根本から問い直した 存在論的転回(Ontological Turn)という大きなパラダイムシフトがあります。3 ステップで整理しましょう。
① 認識論から存在論へ
かつての社会科学(特に 科学知識の社会学:SSK など)は 認識論(Epistemology)を中心に据えていました。「科学者という人間社会が、いかにして実験結果を解釈し、真理を構築(合意)していくか」を分析する立場です。ここでの主役は人間であり、物質や自然は「解釈される受動的な対象」でした。これに対し、存在論的転回は 存在論(Ontology)、つまり「現実(モノ)そのものが、いかにして立ち上げられるか」へと問いの焦点を移しました。人間の解釈ではなく、物質を巻き込んだ「実践」こそが現実を作っているという視点です。
② 出発点:アクターネットワーク理論(ANT)
この転回の強力な原動力となったのが、1980 年代に ブルーノ・ラトゥール、ミシェル・カロン、ジョン・ロー らが提唱した アクターネットワーク理論(ANT) です。最も革命的な点は 「対称性の原理」(Principle of Symmetry)を打ち立てたこと——人間(科学者・政治家・患者)と非人間(顕微鏡・微生物・ホタテ貝・書類)を全く対等な「アクター」として扱うルールです。科学的な事実や社会の秩序は、人間の意図だけで決まるのではなく、人間と非人間が結びついた「異種混交的なネットワーク」の効果として生み出される、と。物質が能動的なエージェンシー(行為主体性)を獲得した瞬間でした。
③ モルと「ポスト ANT」:多重性と政治
初期 ANT は「ネットワークが安定し、一つの強固な事実(ブラックボックス)が作られるプロセス」に注目しがちでした。しかし 1990 年代後半から、アネマリー・モル や ジョン・ロー ら(ポスト ANT)はネットワークが常に流動的で、ほつれ、複数の現実が共存している状態(多重性) に目を向けます。モルの『The Body Multiple(多重身体)』は決定的でした——彼女は、ネットワークが 異なる実践(診察・X 線撮影・手術)に分岐し、それぞれが異なる現実(存在)を立ち上げている ことを示しました。
構築主義 vs 存在論的転回(比較表)
| 比較軸 | 構築主義(認識論的) | 存在論的転回(存在論的) |
|---|---|---|
| 主な問い | 社会はいかに「真理」を解釈・合意するか? | 実践はいかに「現実」そのものを立ち上げるか? |
| 非人間の扱い | 人間に意味づけられる「受動的な対象」 | 人間と共にネットワークを構成する「能動的なアクター」 |
| 現実の捉え方 | 自然(対象)は一つ、文化(見方)は複数 | 実践の数だけ現実がある(多重現実) |
| 究極の関心 | 知識の相対性を暴くこと | どの現実を立ち上げるべきかという「存在論的政治」 |
🔑 Key insight:存在論的転回が行き着く先は、単なる哲学的な思弁ではありません。「もし現実が実践によって立ち上げられる(可変的な)ものならば、私たちは より良い現実を立ち上げるための実践(デザインやツール)をいかに選択すべきか」という、極めて実践的・倫理的な問い(存在論的政治)への到達です。カレン・バラッドの アジェンシャル・リアリズム(エージェンシー的実在論)、フェミニスト科学哲学、新唯物論(ニュー・マテリアリズム)もこの大きな潮流に合流しており、現代思想を牽引する最もダイナミックな領域の一つです。
🔀 8.1.7.2 プラクシオグラフィーの 3 つの転換
①
問いの焦点
「どう意味づけているか」→「どう立ち上げているか」
従来:人々の「意味づけ」「信念」「世界観」を探求する 認識論。プラクシオ:実際に何が行われているか(Doing)、対象が誰の・どのような実践を通じて 立ち上げられている(Enact されている) かを観察する 存在論。「彼らが何を信じているかは重要ではない。彼らが何をしているかを見よ」(Mol)。
②
アクターの範囲
人間中心 → 異種混交ネットワーク
従来:記述の主役は圧倒的に「人間」。語り・ルール・人間同士の権力関係が中心。プラクシオ:人間だけでなく 非人間(ツール・機械・ソフトウェア・書類・空間レイアウト) も同等のアクターとして記述する(ANT の系譜)。医師の診断を記述する際、医師の「思考」だけでなく、メス・顕微鏡・カルテの入力フォーマットといった物質的要素が、いかに協働して「病気」を形作っているかをフラットに追跡する。
③
現実の捉え方
単一現実の複数視点 → 多重現実の調整
従来:「現実は一つ」で、それに対する人間の視点や文化的解釈が複数ある(多元的)という前提。プラクシオ:実践が違えば、立ち上がる 現実そのもの が異なる(多重現実)。「異なる見方をどう統合するか」ではなく、「異なる現実が、現場でどう衝突し、あるいはパッチワークのように 調整(Coordinate) されているか」を記述のゴールに据える。
🎯 8.1.7.3 QDA におけるコーディングの実践的違い
これらの違いは、フィールドノートやインタビュー記録を分析・コーディングする際の 具体的な作業プロセス にも直結します。
| 比較軸 | 従来のエスノグラフィー的コーディング | プラクシオグラフィー的コーディング |
|---|---|---|
| 注目する品詞 | 名詞・形容詞(感情・価値観・概念) | 動詞(切る・測る・入力する・調整する) |
| 抽出する対象 | 語り手の「解釈」や「信念」 | 物質・ツール・身体が絡む「動作・操作」 |
| 分析のゴール | 共通のテーマや文化的な世界観の抽出 | 対象が立ち上げられ、調整されるプロセスの追跡 |
📌 QDA ソフトでのノード設定:質的分析ソフトを使ってテキストコーディングを行う際、プラクシオグラフィーでは 「被験者がどう感じたか」という心理的・意味的なノードよりも、「どのツールを使い、どう動いたか」という物質的・実践的なノード を細かく設定していくことになります。対象の解釈を巡る議論から抜け出し、テキストやデータ、そしてインターフェースといった 非人間アクターと人間の「相互作用(実践)」そのもの を記述する上で、プラクシオグラフィーは 非常に解像度の高いレンズ を提供してくれます。
🛠️ 8.1.7.4 これからの QDA ソフトウェア設計への示唆
プラクシオグラフィーの視点から既存の QDA ソフトを見直すと、「単一の階層構造に押し込める」「矛盾を解消する」といった従来の設計が、多重現実を扱う妨げ になっていることが見えてきます。本授業で使う minimalQDA も含めて、これからの QDA ツール設計には次のような方向性が考えられます。
① 階層型ツリーから「ブランチ(分岐)」と「並行世界」へ
既存の QDA は、大項目の中に小項目を入れ込む 階層構造(ツリー) を強要しがちです。しかし、あるインフォーマントのひとつの語りは、「抑圧の物語」という現実と「ささやかな抵抗の物語」という現実を 同時に立ち上げる ことがあります。
Git 的な解釈のブランチ設計:同一テキストに対して「解釈 A のレイヤー」「解釈 B のレイヤー」を 並行して作成(分岐)。両者をすり合わせて一つの正解を出すのではなく、画面上でパタパタと切り替えたり、半透明で重ね合わせたりすることで、「ここでは二つの現実がせめぎ合っている」という状態 そのもの を分析の対象として扱います。
② 「矛盾」をバグではなく仕様として扱う空間
複数の現実が衝突する場所は、分析において 最も豊かな鉱脈 です。整合性を取りに行くのではなく、矛盾を 記述に値する現象 として残す。
摩擦のヒートマップ:異なる解釈レイヤーや、異なるタグが重なり合って 「渋滞」しているテキスト部分 を、ヒートマップのように熱量を持って可視化します。「ここは複数の現実がスパークしている重要なノードだ」と 直感的に気づける 設計です。
📌 プラクシオグラフィーは 従来のコーディングを置き換えるもの ではなく、「もう一つのレンズ」として併用するのが現実的です。記述的コードや解釈的コード(8.1.3 節)で意味の世界を捉えつつ、動詞ベースのプロセス・コードや、人間と非人間の絡まりを示すコードを 並走 させる——そうすると、同じデータから 2 通り(あるいはそれ以上)の現実が立ち上がってきます。これが minimalQDA で「複数のカテゴリ色を同じテキストに重ねる」操作の理論的背景でもあります。
質的データのコーディングは、紙とペンを使ったアナログな方法から専用ソフトウェアまで様々な手法で行えます。
✏️ アナログ(付箋・KJ法)
プリントした逐語録にマーカーでハイライト、付箋で発言断片を書き出して机上でグルーピング。データに直接触れながら考えられる利点があるが、データ量が増えると管理が難しい。
💻 身近なデジタルツール
Google ドキュメント・Word のコメント機能、Excel・スプレッドシートでの表形式管理など。複数人での同時編集も可能。特別なソフトがなくても基本作業は実施できる。
🏢 CAQDAS(専用ソフト)
NVivo、MAXQDA、ATLAS.ti などのコンピュータ支援質的データ分析ソフト。大量データの取り回し・コードでの検索・可視化に強い。ただし有料で学生には高額。
🗺️ マインドマップ
コードからカテゴリーへの体系化を支援。カテゴリー間の関係や階層構造を 2 次元空間にマッピングすることで、リスト表示では見えにくい概念間のつながりを直感的に把握できる。
🎁 本授業では:minimalQDA を使います
商用 CAQDAS は強力ですが、ライセンス費用とインストールが学生にはハードル。本授業では、これらのエッセンスを取り出してブラウザだけで動く軽量ツール minimalQDA を用います。次の Part Ⅱ で紹介します。
ブラウザだけで動く、本授業のための軽量 QDA ツール(講師作)
MaxQDA など商用 CAQDAS の本質的な機能を抽出し、10〜30 分での迅速な分析完了を目指して設計された軽量・ブラウザベースの質的分析ツール。React + TypeScript 製で、講師(菅原)が本授業のために開発しました。
minimalQDA を開く(新しいタブ)
https://yukisugawara.github.io/minimal-qda/
🪟 3 ペイン UI
LEFT PANE
コード一覧
抽出されたコードのリスト + 7 色のカテゴリ で分類・色分けして整理
CENTER PANE
テキスト・画像・PDF 表示
対象データを表示。10 色のマーカー でハイライト&コーディング
RIGHT PANE
ノート
特定のコードに紐づくノート / 全体ノート、両方を書き分けられる
🔄 ワークフロー
📂
① ファイル読込
.txt / .md / .pdf / .png / .jpg など
🖍️
② マーカー&コード
10 色で重要箇所をハイライト
🗂️
③ カテゴリ化
コードを 7 色で分類
📝
④ ノート記入
解釈や問いをメモ化
🕸️
⑤ マインドマップ
関係性を可視化
💾
⑥ プロジェクト保存
.mqda(JSON)として手元に保存
⬆️
⑦ 再読込・継続
後日続きから再開可能
📤
⑧ エクスポート
コードリスト・マインドマップ画像
🔒 プライバシー
ログイン不要・サーバーアップロード不要。すべての処理がブラウザ内で完結し、データは手元のローカルにのみ保存されます。インタビュー逐語録のようなセンシティブなデータも安心して扱えます。
🌐 多言語対応
UI は日本語/英語に対応。ヘッダーから切り替え可能。
対応ファイル:.txt / .md / .xml / .pdf / .png / .jpg。プロジェクトは独自形式 .mqda(JSON)で保存。
「震災後の三陸地域への移住」を題材に、minimalQDA で手を動かす
東日本大震災から 15 年経過した現在、津波被災地域における住民の目標やビジョンは大きく変遷してきました。被災直後の単なる「復興」から、社会課題を乗り越えて心豊かな生活を築く「持続可能な未来」へ——方向性は大きくシフトしています。震災直後にボランティアとして来た者から、現在は公的組織の「移住定住」のビジョンに影響されて移住する者へと、移住者の背景や目的も変容してきました。
移住者たちの「未来像」が、一見個別的に見えても、共通の価値観や希望を持っていることが明らかになってきた点に注目すべきです。これは、津波被災地域における社会的・文化的背景や公的組織のビジョンが、移住者たちの未来への期待やビジョンに影響を与えていることを示唆しています。
本研究は、宮城県南三陸町を拠点としてインタビューやフィールドワークを通じて、津波被災地域の持続可能なまちづくりにおけるグローカルな未来像を具体的に明らかにすることを目指しています。単に数量的な情報を収集するのではなく、現地の声や実態を直接知ることで、地域住民の希望や感情を深く理解することを目的とします。
地域の再生やまちづくりの過程で、ローカルな価値や資源を活かしつつグローバルな視点や競争を意識する 「グローカル」 なアプローチの重要性を示す点で、本研究は大きな価値を持ちます。「グローカル」という概念自体は 1980 年代の日本由来の概念であり、ソニーを発展させた盛田昭夫の「土着化」(dochakuka)が起源とされています(Roudometof 2015)。
さらに本研究は 「期待の社会学」(sociology of expectation)という観点を導入します。震災を経て一旦は希望が失われたといえる地域の復興、そしてその先にある持続可能なまちづくりに着目することを通じて、「未来のない」ところから 期待が生み出される過程 を詳細に分析できます。
🎬 参考映画:「サンセット・サンライズ」(Netflix 公開中)
舞台は 南三陸地方の架空の町「宇田濱」で、実際にロケが行われたのは宮城県気仙沼市。震災後の三陸地域への移住の雰囲気を掴むのに有用です。
南三陸町に震災後移住した人物へのインタビューを想定した語りです。移住の経緯や現地での経験が一人称で語られています。話し言葉に近いスタイルで、移住者の感情や考えが表現されています。
🎯 分析のポイント
Motivation)— なぜ被災地へ移住したのかOutsiderFeeling)— 移住直後の不安、地元からの視線CommunityEngagement)— 復興ビジョン参加、地元住民との協働ExpectationAdjustment)— 当初の期待や役割意識が時間とともにどう変化したか(インタビュアー)なぜ南三陸町に移住しようと思ったのですか?
移住者:私は 2014 年に東京から宮城県南三陸町に移住しました。震災の直後、ボランティアとして何度もこの町に通ったことがきっかけです。被災した町の力になりたいという思いが強くなり、思い切って仕事を辞めて移住を決めました。都会での生活から一転し、知らない土地でゼロから暮らし始めることに不安もありましたが、「それでも自分にできることがあるはずだ」と自分に言い聞かせていました。
移住した当初は、正直自分がよそ者だという意識が拭えませんでした。地元の方に挨拶しても内心「この人は何をしに来たんだろう?」と思われているのでは、と勘ぐってしまう自分がいたんです。実際、ある集まりで年配の地元の方から「君は何をしてくれるんだ?」と尋ねられたときは、戸惑ってしまいました。「地元の復興は地元の人が主体でやるべきだ」という思いもあり、私はどこか一歩引いた支援者のような立場でいようとしていたんだと思います。期待されすぎてもいけないし、かと言って何もしないわけにもいかない——そんな板挟みで、もし自分が必要とされていないのなら「いないほうがいいのかな、必要ないなら帰ればいい」とまで考えてしまうこともありました。
それでも暮らし続ける中で、少しずつ地元の人たちとの信頼関係が生まれてきました。ちょうど 2015 年に町が「森里海ひと いのちめぐるまち 南三陸」という新しい復興のビジョン(将来像)を掲げたことも大きかったです。このスローガンを知ったとき、震災前からある自然(森・里・海)と人の命の循環を大切にしようとする町の理念に心を打たれました。私も単なる「よそ者」ではなく、この町の一員として長く関わりたいと強く感じるようになりました。実際、林業や防災教育のプロジェクトに地元の方々と取り組む機会を通じて、自分も町づくりの輪の中に入れたという実感が湧いてきました。震災直後は「役に立たなければ意味がない」と焦っていた私ですが、今では「この町で生活し続けること自体に価値がある」と思えるようになりました。少し時間はかかりましたが、ようやく南三陸の暮らしにも根を下ろし、支援者から住民へと自分の意識も変化したように感じます。
南三陸町における震災後の移住を論じた学術論文からの一節です。研究者の観点から地域復興と移住の動向が分析されており、専門用語や脚注が含まれるアカデミックな文体です。
🎯 分析のポイント
Concept:Vision、Concept:Expectation)— 専門用語や重要な概念に注目TimeframeContrast、CauseEffect)— 「震災直後」vs「その後の変化」、ビジョンが移住に与えた影響など東日本大震災から 15 年が経過し、津波被災地域に住む人々の復興を巡るイメージが、元の生活に戻るというところから、持続可能な未来を創っていく方向へ、少しずつ変わり始めてきている。津波被災地域への移住者に関しても、震災直後はボランティアを目的とした人々など、被災地のためにできることを求めて移住してくる人々が多かったが、各地域に「移住」の支援や広報を目的とした公的な組織がいくつか立ち上がると、そうした公的な組織が提示する「移住」に関する 「ビジョン」(visions) に影響を受けた形で移住することが増え、被災地域への移住のあり方も変化してきている。
出典:菅原裕輝・山﨑真帆(2025)「津波被災地域における期待の調整 — 南三陸町の資源循環型復興ビジョンと移住者のビジョン —」『日本災害復興学会 論文集』第 25 号より
三陸地域への移住者が自身の SNS(X や Instagram)に投稿した文章を想定したものです。カジュアルな文体で、絵文字やハッシュタグが使われており、上記 2 つのテキストとはまた異なる視点から震災後の移住体験が語られています。
🎯 分析のポイント
Emotion:Joy、Emotion:Anxiety)— 絵文字や「…!」からポジ/ネガを捉えるCommunityEvent)— ハッシュタグや活動の記述Motivation、Challenge、Hope)— インタビューや論文と共通するテーマ南三陸に移住してもうすぐ 1 年。最初は知り合いもゼロで不安だったけど、だいぶ慣れてきたかも。地域おこし協力隊として地域の方々と関わるうちに、顔見知りも増えてきた💡 三陸で暮らすのは初めてだから毎日が新鮮だ。漁師町のお祭りにも誘ってもらって、昨日は地元の人たちと朝まで語り合った! 分からない方言もまだ多いし、震災を直接経験していない自分に何ができるのか悩むこともあるけど、それでも「ここに住んで一緒に未来をつくる」というスタンスでやっていきたい。#移住 #南三陸 #地域おこし
正直、都会にいた頃より不便なことも多い。でも満天の星空や、近所のおばあちゃんにもらった野菜の美味しさを味わうたび、「思い切って来てよかった」と実感してる😊 同じような思いで移住してきた仲間もできて心強いし、何より地元の人たちが少しずつ打ち解けてくれて嬉しい。都会と地方での給料の違いに苦しんではいるけれど、震災からの復興を支える新しい担い手のひとりとして、無理せずマイペースだけど末長く貢献できればいいな。これからもこの第二のふるさとで頑張ります💪🌈
上の 3 つのテキストを題材に、minimalQDA を開いて、以下の流れで手を動かしてみましょう。
テキストを準備:上の 3 つの引用テキストを、それぞれ .txt または .md としてローカルに保存。テキスト 1(インタビュー)から始めるのがおすすめ。
minimalQDA にファイルを読み込む:ヘッダーのファイル操作からテキストファイルを開く。中央ペインに本文が表示される。
記述的コードから始める:まずは「移住の動機」「よそ者意識」など、テキストにそのまま現れている内容を 10 色のマーカー でハイライト。色は意味を持たせず、まずは気軽に。10 件以上のコードを目標に。
インヴィボ・コードも試す:「役に立たなければ意味がない」「いないほうがいいのかな」など、参加者の生の言葉そのままをコード名に。当事者の世界観を保存できる。
寝かす(発酵):いったんアプリを閉じて翌日以降に読み返すのが理想。すぐに続けるなら、少なくとも 10 分は別のことをしてから戻ってきましょう。
カテゴリ化:左ペインのコード一覧から、似たコードをまとめて 7 色のカテゴリ に分類。「移住前」「移住直後」「現在」の時間軸でカテゴリ分けしてみるのも一案。
テキスト 2・3 も同様に:学術論文とSNS投稿にも同じ流れで挑戦。共通するテーマが見えてくる(例:Vision、Motivation はどのテキストにも現れるはず)。
マインドマップで関係性を見る:ヘッダーのマインドマップボタンで、カテゴリ間の関係を可視化。「移住者の期待がどう調整されていくか」のストーリーラインが浮かびます。
ノートに「物語」を書く:右ペインの全体ノートに、3 つのテキストを通じて見えてきた仮の ストーリーライン を 200〜400 字で書く。これがチェックポイント提出の素材になります。
プロジェクトを保存:.mqda として手元に保存。コードリストとマインドマップは画像で書き出しておくと、後から見直したり、レポートに貼り付けたりできる。
Saldaña の枠組みに沿って、代表的なコーディング手法を一覧する(リファレンス)
質的データを分析する際のコーディングには様々な手法があります。Johnny Saldaña『The Coding Manual for Qualitative Researchers』(2025; 第 5 版)では、第一次サイクル(First Cycle) と 第二次サイクル(Second Cycle) のコーディング手法が多数紹介されており、それぞれカテゴリ別に整理されています。
第一次サイクルは生データに直接コードを付与する初期工程、第二次サイクルは第一次で得たコードやカテゴリーをさらに統合してパターン・理論を導く段階です。本セクションは リファレンス として活用してください。すべての手法を一度に身につける必要はありません。
📚 教科書
Saldaña, J. (2025). The Coding Manual for Qualitative Researchers (Fifth Edition). SAGE Publications Ltd.
コーディング手法の概観(菅原 2025)
1. 文法的コーディング手法 (Grammatical)
データそのものの基本的な属性や形式に着目する手法群。分析内容というよりは 分析の文法・形式 に関わり、研究全体の整理を補助します。他の手法と組み合わせて使うのが基本。
データセットの各ケースに関する基本的な記述情報をコードとして付与。フィールドワークの場所、参加者属性(年齢・性別・職業)、データの種類、収集日時など。
用途:参与者の基本情報やデータ取得状況の整理。ほぼすべての質的研究の基盤。
注意:内容分析ではなく管理目的のコード。後でケース属性ごとの比較に欠かせない基盤となります。
既に付与したコードに対して強度・頻度・方向性・存在感・評価などの程度を表す補助記号や値を付加。「強/中/弱」「+/−」「☆」など。
用途:プログラム評価研究、感情強度の記録など。
注意:主観判断が大きいため、評価基準を予め明確にして一貫適用すること。
一度付与した主コードをさらに細分化。主コードを「親」、サブコードを「子」とみなして階層的なコード体系を構築。
例:主コード HOUSES に対し、A:経済 / B:装飾 / C:庭 / D:防犯 など。
注意:細かく階層化しすぎると分析が煩雑に。
単一のデータ断片に対して複数のコードを重ねて適用する手法。データの一部分が複数の意味や側面を持つ場合に。
例:「混乱し怒りを覚えた」に「混乱」「怒り」両方を付与。教師の発言に「規律破り」「仲間作り」「ユーモア」を同時付与。
注意:コード数が増え分析が複雑に。コードブックに重複付与を記録するなど工夫を。
2. 基本的コーディング手法 (Elemental)
質的分析の中核となるオーソドックスなコード化技法のグループ。他の高度な手法の土台にもなるシンプルで汎用性の高い方式。
インタビューガイドの質問項目やトピックに対応し、データ中の広いセグメントに内容ベースのラベルを付与。
例:「Q1: 禁煙のために何を試みましたか?」への回答全文に「禁煙方法」コード。
注意:質問枠組みに沿わないデータには不向き。粗い整理として行い、内部でさらに詳細分析が必要。
データ中の節・段落・エピソードの基本的な話題を、一語または短いフレーズ(典型的には名詞)で要約。「何についての記述か」を端的に表す。
例:「廃業店舗」「落書き」「祭り」「争い」など。
長所:シンプルで初心者向き。短所:表面的な主題しか扱えない。他の手法と組み合わせて深掘りすることが重要。
In Vivo はラテン語で「生きた中で」の意。データ中の参加者の肉声そのままをコードとして使用。
例:「学校なんて大嫌い」「居場所がない」「心が折れた」など、当事者の表現をそのままコード名に。
長所:当事者の世界観を尊重。短所:ユニークすぎるとコードが乱立しがち。
動詞の ing 形をコードとして用い、データ中の行為や進行中の現象を捉える手法。グラウンデッド・セオリーで重視。
例:「目を逸らそうとする(avoiding)」→「真実に直面し始める(facing)」。時間を通じた変化を分析できる。
用途:行動パターン・戦略・プロセスの変化を明らかにしたい研究、組織研究・社会運動研究など。
質的データを細かな要素に分解し、詳細に検討して比較する最初期の分析手法。グラウンデッド・セオリーの第一段階。
用途:明確な仮説やカテゴリーがまだ定まっていない探索段階。データから自由に概念を抽出する。
注意:大量のコードが発生するので、メモを取りながら進める。すべてが最終的に使われるわけではない。「ブレインストーミング」のような段階。
データやコード群に対して、ミクロを越えたメゾ・マクロレベルの意味づけを行うコードを付与。「○○化」「〜というプロセス」など抽象的表現。
例:「買い物」「ウィンドウショッピング」「外食」を束ねる上位概念として「消費行動」コードを設定。
注意:時期尚早に行うとデータに忠実でない解釈を押し付けるリスク。具体的コードを十分練った後の最終まとめとして導入するのが望ましい。
3. 情動的コーディング手法 (Affective)
参加者の感情・価値観・態度といった内面的・感情的側面に焦点を当てた手法群。分析者の想像力や共感も必要とされる。
参加者が経験した/想起した感情、あるいは研究者がデータから読み取った感情を表す言葉をコードとして付与。
例:「未来が怖い」→「恐怖」、「希望も感じている」→「希望」。
注意:研究者の勝手な推測でコードを付けすぎないこと。「悲しみ(失敗に対する)」のように対象や理由も補足するとよい。
データから参加者の価値観・態度・信念を反映する表現を抽出。「価値観(Value)」は自分や他者・物事に付与する重要度、「態度(Attitude)」は考え方・感じ方、「信念(Belief)」はそれらを含む世界観。
例:「家族を最優先したい」→「家族第一(価値観)」、「どんな人でも平等に扱うべき」→「平等主義(信念)」。
注意:明示されないことが多く、文脈やニュアンスからの読み取りが必要。参加者の言葉を引用しつつコード化することで恣意性を抑える。
データ中に登場する対立や葛藤の構図を「X vs Y」の二項関係でコード化。個人対個人、組織対組織、概念対概念など。
例:「教師たちは標準テストを重視するが、親たちは創造的な学習を望んでいる」→「教師 vs 親」。
注意:本来グラデーションがある現象を二分法に単純化する恐れ。コード付けの後、実際の対立の度合いを丁寧に検討すること。
プログラムや政策などの価値・効果・重要性に関する判断を示すデータにコードを付す。主に評価研究で使用。
例:「時間の無駄だった」→「否定的評価」、「非常に刺激を受けた」→「肯定的評価」、「もっと実践的だと良かった」→「改善要望(実践性不足)」。
注意:誰の評価か(参加者主観か一般基準か)を明確に。評価の背景理由も併せて分析する。
4. 文学的・言語的コーディング手法 (Literary & Language)
物語の構造や言語表現そのものに着目した手法群。語りを物語や演劇と見立て、要素(人物・筋・モチーフ)やメタファー・会話パターンを分析。
観察記録やインタビューのナラティブを「社会的なドラマ」と捉え、演劇の脚本分析の枠組みでコード化。目的(OBJ)・葛藤(CON)・戦術(TAC)・態度(ATT)・感情(EMO)・心の声(SUB)など。
例:教師を主人公として「OBJ: 授業の成功」「CON: 生徒の不注意」「TAC: ユーモアで注意を引く」「EMO: 焦り」など。
民話・神話・伝説などの典型的なモチーフを参照しながらデータを分類。Thompson の民間文学モチーフ索引などを援用。
例:「貧しい境遇から努力して成り上がる」→「成り上がりモチーフ」。少年が父親に叱責される場面 → P233.2 Young hero rebuked by his father。
注意:物語の類型に精通している必要あり。典型的モチーフが明確な場合に適用する。
文学的な物語分析を質的データに適用。物語の種類・形式・ジャンル・調子・目的・舞台・時間構造・プロット・視点・登場人物類型・テーマ・文芸的手法・会話的特徴...といった要素ごとに分析。
用途:人生物語、口承伝統、物語療法のケース分析など、ストーリー形式のデータ。
注意:時間と労力がかかるため、研究目的に応じて分析する側面を絞る柔軟さも必要。
参加者が用いる隠喩的表現や鮮やかな比喩に着目してコード化。隠喩は「言葉のショートハンド」で、文化固有の価値観や認知パターンを反映する。
例:「まるで長いトンネルの中にいるようだった」→「トンネルの隠喩」。「サーカスの綱渡りをしている気分」→「綱渡り(バランス苦心)隠喩」。
注意:文化・言語依存なので意味の取り違えに注意。背後の概念も考察すること。
会話の逐語記録を綿密に分析し、やりとりの種類(① 挨拶/② 日常会話/③ 熟練した会話/④ 個人的な物語/⑤ 対話)と重要場面の個人的意味を解釈。
用途:カウンセリングや治療セッション、対話的インタビューなど。
注意:非常に緻密な逐語記録が前提。沈黙や相槌など非言語要素も含めて分析する。
5. 探索的コーディング手法 (Exploratory)
分析初期の手探り段階で用いる手法群。柔軟で試行的なアプローチが多く、必要に応じて切り替えたり組み合わせたりする。
データを細分化せず、全体としての基本テーマや問題を把握する手法。「スプリッター」ではなく「ランパー(統合派)」のアプローチ。
例:50 件のインタビュー各々に「家族問題」「職場ストレス」「健康不安」など単一コードを付与してスクリーニング。
戦略:「まずホリスティック、後で詳細化」。最終結論を出すのは難しく、詳細コーディングと併用が通常。
フィールドワーク開始前にあらかじめ仮のコードリスト(スタートリスト)を用意してデータに臨む手法。文献レビューや先行研究、研究者の経験に基づいて作成。
例:先行研究で「学習意欲」「自己効力感」「教員サポート」が示唆されたら、それらを仮コードとして設定し、インタビューに当てはめていく。
注意:データに応じて柔軟に修正・追加・削除する姿勢が必要。仮コードに引きずられすぎないこと。
研究開始前に立てた明確な仮説に即して、仮説から演繹されたコードリストでデータを分析。プロビジョナルと似ているが、こちらは検証すべき仮説が出発点。
用途:混合研究法の質的パートなど、理論や仮説の裏付けを質的データから得たい場合。
注意:仮説支持の証拠に目が行きがちなので、反例や矛盾するデータにも公平にコード化すること。
複数の第一次サイクル手法を選択的に組み合わせて使用する折衷的アプローチ。データや研究目的に応じて適切な手法を併用。
例:教室の出来事はプロセス・コード、教師のインタビューはイン・ヴィボとバリュー、最終的にはホリスティックに主題コードを付与。
注意:「どの部分にどの手法を使ったか」「なぜその組み合わせか」をメモに記録し、一貫性と妥当性を保つこと。
6. 手続きに関するコーディング手法 (Procedural)
あらかじめ定められた分類体系や分析手順に従ってデータをコード化する方法群。質的分析に標準化や系統性を持たせたい場合に。
人を対象とする研究で用いられる詳細かつ標準化された手順書(プロトコル)に従ってコード化。DSM などの分類基準に沿って症状を分類するなど。
用途:大規模調査、他研究との比較、国際共同研究での共通コードブック使用。
長所:研究者間のばらつきが少なく比較容易。短所:データの独自性が見落とされる可能性。
イェール大学の人類学者らが 20 世紀中頃に開発した文化事象分類表(OCM)を利用してデータを整理。HRAF(人類関係領域ファイル)の組織化に使われてきた。
例:「292 特殊衣装」「535 ダンス」「541 美術」などの項目に該当箇所をコード付け。
注意:カテゴリが細かく専門的で習得に時間がかかる。自分の研究関心に沿う部分だけ利用するのも可。
Spradley (1980) の民族誌調査手法に基づき、人々が行動や経験を組織化し理解するための文化知識を発見。領域分析で意味的に関連する項目群を見つけ、タクソノミー分析でそれを階層構造に分類。
例:漁村の参与観察で「天気」領域を設定し、現地語の天気種類(凪・時化・半時化など)をコード化、それらを階層分類。
参加者が信じている因果関係を見つけ出してラベル付け。「X が起きたのは Y のせいだ」「もし A だったら B になっていた」などのアトリビューション表明を探す。
例:「両親が医者だったから自分も医療の道に進んだ」→「親の職業→自身の進路」。「大学に落ちたのは運が悪かっただけ」→「失敗の原因=運」。
注意:客観的な因果ではなく、参加者の信念を扱う。メンタルモデルの再構成として報告する。
第一次サイクルで生成されたコードやカテゴリーを再統合し、より高次のパターンや理論を構築するための手法群。
1. グラウンデッド・セオリー系
第一次サイクルでのオープンコーディングを経た後、焦点化(フォーカス)→ カテゴリ間関係(軸)→ 理論的命題、という一連のステップ。
初期のコード群から、特に頻出または分析的に重要なコードに絞り込んで再度データをコード化し直す方法。乱立したコードから有用なものを選別し、カテゴリーとして発展させる。
例:50 個の初期コードから「友人関係」「アイデンティティ」「将来不安」の 3 つに絞り、それぞれカテゴリー化していく。
カテゴリー同士の関係性を再構成する手法。中心現象を取り上げ、原因条件・文脈条件・介入条件・行動戦略・結果といった要素を配置し、カテゴリー間の因果関係やプロセスをモデル化。
例:中心現象「グループからの排除」に対し、原因「噂の拡散」、背景「ステレオタイプ」、戦略「新しい友人関係の模索」、結果「孤立感と自己概念の変化」。
GT の最終段階。すべてのカテゴリーやコードを包含し説明できる核心的な理論概念を定式化。それまでの分析全体を覆う「傘」のような抽象概念を見出し、理論フレームとしてまとめる。
例:友人関係の研究で「受容と排除のダイナミクス」という核心概念に到達。
注意:データに裏付けられた範囲で理論化すること。シンプルすぎて現実の複雑さを見落とさないように。
2. 累積的手法(Cumulative)
パターンの要約や理論の深化に焦点を当てた手法群。GT 手法と組み合わせて使われることも多い。
第一次サイクルのコードやメモをグループ化し、より少数のカテゴリ・テーマ・コンセプトに凝縮する方法。説明的または推論的な性質を持つ。
例:「明確な指示不足」「期待の不一致」「連絡ミス」「伝達不足」→「コミュニケーション不全(指示が不明瞭・期待が共有されないことによる混乱)」というパターンコードに集約。
既存研究で構築された理論を発展・拡張する目的で新たなデータにコードを当てる方法。最低 2 つの研究(既存+進行中)が必要。
例:先行研究で「大学 1 年生の適応モデル」があれば、新たな大学でのデータでそれを検証し、不足カテゴリ(例:「オンライン交流の影響」)を追加して精緻化。
注意:先行理論に引きずられないバランス感覚が必要。理論に合致しないデータも積極的にモデル修正の材料に。
時間を通じた質的な変化に注目し、時系列データを比較しながらコード化。「増加」「減少」「継続」などの変化を追跡。
例:若手教師への年間インタビュー。初回「理想主義」「不安」→ 半年後「実践的アプローチ」「疲労」→ 1 年後「現実主義」「自己効力感向上」。
用途:フォローアップインタビュー、パネル調査など、同じ対象から複数回データを収集する研究。
実際の研究では、これらの手法をデータや目的に合わせて取捨選択し、時には組み合わせて使うことになります。例えば、まず記述的コーディングで概要を掴み、続いてエモーション・コーディングで感情面を分析し、最終的にパターン・コーディングでテーマを絞り込む——という流れが考えられます。質的コーディングは職人的な作業であり、機械的な正解はありませんが、本コラムで紹介した手法とその例を参考に、データに合ったコーディング戦略を見出してください。プロセス全体を通じて、じっくりとデータと向き合い 発酵思考(8.1.6 節参照)を働かせることで、豊かな洞察と理論的発見が得られるはずです。
演習として、3 つの演習用テキスト(インタビュー/論文/SNS)のいずれかを minimalQDA で実際にコーディングしてみましょう。すべてを完璧に行う必要はありません。手を動かして「発酵」させてみることが大切です。