第11回 コーパス演習(2026年度)
ソーシャルメディアは、単なる「情報の掲示板」ではありません。そこでは、人々が自分をどう見せたいかを演出し(自己呈示)、感情を表現し合い(社会的情動)、日常の実践を共有し(社会的実践の可視化)、ときに社会の規範や価値観を更新していきます。つまり、ソーシャルメディアは、研究者にとって現代の文化が日々生成される現場でもあります。本章では、ソーシャルメディアを「現実社会から切り離された仮想空間」としてではなく、生活世界と連続した実践として捉え直し、質的な方法で読み解くための考え方と手順を整理します。
本章は 「知る → 分析する → 実践する」の3部構成で進みます。
PART 1 ソーシャルメディアを知る(11.1–11.2)
PART 2 ソーシャルメディアを分析する(11.3–11.5)
PART 3 自分で分析してみる(11.6)
ソーシャルメディアとは、一言で言えば「誰もが参加できるインターネット上の情報発信プラットフォーム」であり、ユーザー同士の社会的な相互作用を通じて情報が広がっていくよう設計されたメディアです。具体的には、ブログや SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、動画共有サイトなど、ユーザーがコンテンツを生成し共有できるサービス全般を指します。学術的な定義では「Web 2.0 の技術基盤上に構築され、利用者が UGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)を創出・交換できる一群のインターネットアプリケーション」であるともされています。双方向のコミュニケーションが可能である点が特徴であり、この点で従来の一方向的なマスメディアと異なります。
「ソーシャルメディア」という用語自体は 2006年頃から広く使われ始め、ユーザー参加型の Web サービスが隆盛した時期(いわゆる Web 2.0 時代)と軌を一にしています。歴史をたどると、1997年に世界で最初期の SNS とされる「SixDegrees.com」が登場し、2000年代前半には米国で Friendster(2002年)や MySpace(2003年)が始まりました。日本では 2004年開始の「mixi(ミクシィ)」が招待制の会員制 SNS として爆発的な人気を博し、日記やコミュニティ機能で多くのユーザーを集めました。携帯電話向けの GREE(2005年)やモバゲー(2006年)もソーシャルゲームを通じて SNS を浸透させます。2004年にはハーバード大学発の Facebook が登場、2006年には Twitter(現 X)が140文字の短文 SNS として広がりました。2010年代にはスマートフォンの普及とともに Instagram(2010年)・YouTube・LINE(2011年)が多様化し、2010年代後半以降は短尺動画中心の TikTok が若年層の支持を集め、既存サービスからユーザーが流れる動きも見られました。こうした栄枯盛衰を経て、2023年時点で世界のユーザー数は約49億人、日本国内でも約1億580万人にのぼり、いまや生活インフラの一部となっています。
📅 ソーシャルメディア小史
A. 主な特徴
双方向性
ソーシャルメディア最大の特徴の一つは、ユーザー同士が双方向にやりとりできる点です。従来のテレビや新聞のような発信者から受け手への一方通行の情報伝達ではなく、誰もが情報の発信者にも受信者にもなり得ます。SNS 上では投稿に対して他のユーザーがコメントや「いいね!」で反応でき、投稿者もそれに返信するといった相互作用的なコミュニケーションが日常的に行われます。
即時性
ソーシャルメディア上の情報伝達は非常にリアルタイム性が高いです。ユーザーが投稿すると、ほぼ瞬時にフォロワーや友人に届きます。特に X(旧 Twitter)は「タイムラグがほぼない」リアルタイム更新性ゆえに、天気予報や地震速報、電車の遅延情報など緊急の通知手段として多くのユーザーに利用されています。
拡散性
ソーシャルメディア上の情報は一度投稿されると、ユーザー間で爆発的に拡散する可能性があります。共感を呼ぶ投稿があれば、他のユーザーがシェアしたりリポスト(リツイート)したりすることで、瞬く間に当初のフォロワー以外の何万人、何十万人という人々に情報が届き得ます。いわゆる「バズる」現象が起きれば、個人の発信した情報がマスメディア以上のリーチを持つこともさえあります。この拡散力はソーシャルメディアの強みである一方、誤情報やデマも同様に拡がり得るため社会的混乱を招くリスクも指摘されています。
アルゴリズム
現代の主要なソーシャルメディアでは、タイムラインに表示される情報は単純な時系列順ではなく、プラットフォーム独自のアルゴリズム(投稿表示の自動最適化システム)によって選別・並べ替えされています。アルゴリズムは各ユーザーの興味関心や過去の閲覧・反応履歴を分析し、そのユーザーにとって「最適だ」と判断した投稿を優先的に表示します。その結果、同じ時間に同じプラットフォームを見ていても、人それぞれで表示される内容が異なります。利用者が興味を持ちやすい情報ばかりが強調されることで視野が狭くなる(いわゆるフィルターバブル)傾向も生まれています。
視覚性
スマートフォンの高性能カメラや高速通信の普及も相まって、ソーシャルメディア上では画像や動画といった視覚的コンテンツが非常に重視されます。特に Instagram は写真・動画のシェアに特化したサービスであり、文章よりもビジュアルで語る文化が根付いています。YouTube も動画プラットフォームとして、視覚と音声を駆使したコンテンツで人々の興味を引きつけています。視覚性の高さは情報伝達のリッチさをもたらし、言語の壁を越えて共有・理解される文化現象(例:ミーム的な画像の流行)も生み出しています。
B. 主要なプラットフォームの比較
Instagram(インスタグラム)
2010年に誕生した写真・動画共有に特化した SNS。最大の特徴は画像中心のビジュアル・コミュニケーションに重点を置いている点で、撮影した写真を手軽に美しく加工し、ハッシュタグを添えて世界中に公開できます。ストーリーズ機能による日常の即時共有や、リール(Reels)による短尺動画の流行もあり、視覚メディアならではの文化圏が形成されています。
X(旧 Twitter)
2006年にサービス開始した、短文投稿型(いわゆる「つぶやき」)の SNS。この簡潔さとタイムライン形式の設計により、速報性のある情報やトレンドをいち早く共有できることが X の持ち味です。リポスト機能やハッシュタグ機能によって、情報が瞬時に広がりやすく話題になりやすい点も特徴です。ニュース・災害情報のリアルタイム収集に適しており、一方で短文ゆえの誤解や炎上、フェイクニュースの拡散といった課題も抱えています。
Facebook(フェイスブック)
2004年に米国で誕生し、実名登録を基本とする SNS の代表格です。現実の知り合い同士をオンラインで結びつけることを目的に設計されており、プロフィールに本名や所属を登録して友人を探す仕組みになっています。グループ機能によって趣味や地域コミュニティごとの交流、イベント機能によるイベント案内や出欠管理など、多機能で汎用的なプラットフォームです。日本では特に30代以上のビジネスパーソンや地域コミュニティでの利用が目立ちます。
YouTube(ユーチューブ)
2005年に開始した世界最大の動画共有プラットフォーム。ユーザーは動画コンテンツをアップロードし、視聴者はそれを自由に視聴・コメントできます。数分程度の短い動画から1時間を超える長編コンテンツまで多様な動画があり、エンターテインメント・音楽・教育(チュートリアル)・商品レビュー・ブログ(Vlog)などジャンルも極めて幅広いです。いわば「動画による検索エンジン」としての側面も持ち、調べものや学習のために YouTube で検索するユーザーも多くいます。
以上のように、主要なプラットフォームそれぞれに独自の文化と強みがあります。Instagram は視覚的体験と流行発信、X は速報性と拡散力、Facebook は実名ネットワークによる深い繋がり、YouTube はリッチな情報提供と蓄積性。同一テーマであってもプラットフォームによって語られ方が異なる点が重要です。
ソーシャルメディアは現代社会に深く組み込まれており、社会学や人類学の観点から多角的な分析対象となり得ます。まず 社会学・人類学の4つの基本視点(自己表現・共同体・文化の再生産・権力構造)で批判的に読み解く足場をつくり、続いてそれを深める デジタル人類学の理論、さらに投稿を〈テクスト〉として読み解く 文学理論の4つの読解を整理します。
A. 社会学・人類学の4つの基本視点
自己表現(アイデンティティの表現)
ソーシャルメディア上ではユーザー各自がプロフィールや投稿内容を通じて自分を表現し、いわば「自分という存在」を演出しています。エルヴィン・ゴフマンの提唱した「印象操作(印象管理)」の概念になぞらえて、ソーシャルメディア上ではユーザーが他者からどう見られるかを意識しながら投稿内容や自己イメージを細かく調整していると考えられます。自己表現の自由度が高い一方、「いいね!」の数やフォロワー数が自己評価に影響するなど、自己アイデンティティの形成にポジティブにもネガティブにも作用しうる点が研究者によって指摘されています。
共同体(コミュニティ)
ソーシャルメディアは物理的な距離を超えて、人々に新たなコミュニティ形成の場を提供しました。オンライン上では、趣味嗜好や関心、属性を共有して投稿することで、ゆるやかな共同体を作り出しています。例えば特定のハッシュタグを掲げて投稿することで、同じ話題について語り合う「ハッシュタグ共同体」が生まれたり、Facebook のグループ機能で地域の子育て親同士が情報交換の場ができたりします。一方で、ネット上の居心地のよいコミュニティに閉じこもってしまう現象も見られます。
文化の再生産
文化社会学的に見ると、ソーシャルメディアは新しい文化現象を次々と生み出す一方で、既存の文化や社会規範を再生産・強化する装置としての側面も持ちます。例えば SNS 発の流行語やミーム(ネットミーム)と呼ばれる流行ネタは、インターネットを介して人から人へと広がっていく文化的要素であり、従来のメディア以上のスピードで大衆文化を再生産しています。一方で、学術研究では「SNS 上でも人々は現実の人種や階層による分断に沿って交流する傾向が強く、結果的に既存社会の区分をソーシャルメディアが再生産している」という指摘もあります。
権力構造
ソーシャルメディアは情報発信のハードルを下げ、「誰でも声を上げられる民主化ツール」として期待される一方で、新たな権力関係や不平等も生み出しています。ポジティブな側面では、一般市民がスマホ片手に不正を告発したり重要な瞬間を記録・拡散したりすることで、従来は見過ごされがちだった権力の乱用を暴き社会正義に資する事例も出てきました。一方でネガティブな側面として、ソーシャルメディア企業自体が巨大なプラットフォーム権力を握り、アルゴリズムの設定次第で特定の情報を目立たせたり隠したりできる状況があります。また各国政府や政治家が SNS を世論操作やプロパガンダに利用するケースも増えています。いわゆる「アテンション経済」の中でユーザーの個人情報や行動データが商品化されている現実もあります。
📚 理論の補助線 ── 知っておきたい論者
ゴフマン:日常の自己呈示を「印象操作」として分析。SNS の自己演出の原型。
ラインゴールド:地縁・血縁を超えた「バーチャル・コミュニティ」を提唱。
ダナ・ボイド:SNS が人種・階層の分断(ホモフィリー)を再生産すると指摘。
パリサー:アルゴリズムが視野を狭める「フィルターバブル」を警告。
ズボフ:行動データが商品化される「監視資本主義/アテンション経済」を批判。
ボニーヤ&ローサ:ハッシュタグから運動・人種問題を読む「ハッシュタグ・エスノグラフィ」。
B. デジタル人類学の理論 ── データを「文脈」とともに読む
上の4視点を、デジタル空間の特性に合わせて深めるのがデジタル人類学の理論です。次の 11.4 で学ぶ計算的手法は、それ自体では「数えるだけ」に終わりかねません。デジタル空間を人類学的に読み解くための理論を押さえることで、11.5 の分析事例の土台にもなります。共通する問いは、「デジタルデータを、その背後にある社会的・文化的文脈とともにどう解釈するか」です。
🌐 デジタル人類学の登場
デジタル技術の進化は「データサイエンス」「計算社会科学」「デジタル人文学」を生み、オンラインとオフラインの境界を曖昧にしました。人類学でも デジタル人類学(Geismar & Knox 2021)や デジタル・エスノグラフィ(Pink et al. 2015)が登場し、「人間と社会の理解」という目的を引き継ぎつつデジタル空間の特性を活かします。
🎭 自己呈示(self-presentation)
Instagram の投稿や X の発言は、単なる自己表現ではなく、社会的役割や他者との関係を形づくる行為です(Arvidsson & Caliandro 2016)。前半(A)で触れたゴフマンの「印象操作」と同じく、投稿者は他者に与えたいイメージを戦略的に選び、行動を調整しています(=前半の「自己表現」を、デジタル人類学では「自己呈示」として捉え直します)。
🧩 多重性(multiplicity)
医療人類学者 モル(Mol 2003)は、同じ「動脈硬化症」も診察室・病理室・手術室という文脈ごとに異なる姿で実践されると示しました。対象は単一ではなく多様に実践される。同じ「移住」もプラットフォームごとに違って立ち現れる、という発想の源です(菅原 2025)。
📖 解釈と文脈
スペルベル(1984)の「解釈的一般化」や ギアーツ(1987)の「厚い記述」が示すように、文化的実践は文脈に基づいて理解されねばなりません。データの背後の文脈を欠くと解釈は表面的になります。AI で分析しつつ、文脈に根ざした解釈を行うことが鍵です。
🔬 STS と「位置づけられた知」
データは中立な数値ではなく、社会的・文化的・歴史的文脈に根ざします(Latour 1987)。フェミニスト STS の ハラウェイ(Haraway 1988)の「位置づけられた知」=知識は特定の立場・視点から形成される。これを継ぐ 「位置づけられたデータ分析」(Rettberg 2020)は、データが生まれた環境を考慮して意味を読みます。
🐾 デジタル痕跡とデジタル・メソッド
日常のデジタル活動が残す「痕跡(traces)」は、研究のために作られた人工データと違い自然に生成されます(Marres 2017)。デジタル・メソッド(Rogers 2013, 2023)はデジタル空間そのものを研究の場とし、複数プラットフォームを比較して多重性を探ります(cf. Bonilla & Rosa のハッシュタグ・エスノグラフィ)。
🤖 人類学的 AI
人類学的 AI(Munk, Olesen & Jacomy 2022)は、AI を解釈・分析に主体的に関与させる新しいアプローチです。本事例でも説明可能 AI(XAI)を使い、投稿の背景や文脈をより深く読もうとします。
💓 情動(affect)
情動(affect)とは、認知や感情(emotion)とは異なる身体的・即時的な反応です(Wetherell 2012)。移住者が SNS で共有する喜びや不安といった身体的反応に注目し、その社会的意義を読み解きます。
まとめ ── 投稿は「データ実践」である(Marres 2012)
ソーシャルメディアの投稿は 「データ実践」と呼ばれます。これは、ひとつの投稿が 〈ふたつの顔〉を同時に持っている、という意味です。
① 物質的側面(モノ・技術の顔)
ハッシュタグ・投稿の集まり・いいね数・アルゴリズム。集計でき・検索でき・拡散を方向づける「装置」としての顔。
② 言説的側面(意味・語りの顔)
その投稿が何を伝え、人々がどう反応し解釈するか。投稿が持つ「意味」としての顔。
たとえば 「#移住」 というハッシュタグは、〈移住という意味を持つ言葉〉であると同時に、〈同じタグの投稿を束ね、検索や拡散を生む技術的な仕組み〉でもあります。この二つは切り離せず、互いに影響し合います(いいね数が多い投稿ほど人目につき、その意味がさらに広がる、など)。
本は基本的に「意味」を読む対象ですが、SNS の投稿はそれに加えて「データ(モノ・技術)」としても動いています。だから、本のように“意味”だけを読むのでは足りず、データとして読む(数える・たどる・可視化する)ことと、語りとして読む(意味を解釈する)ことの両方を往復する必要があります。この〈量と質/デジタルと現実〉の統合こそが、デジタル人類学の核心です。
C. 文学理論から借りる4つの読解
ソーシャルメディアの投稿をひとつの〈テクスト〉として解釈するとき、文学理論が磨いてきた読解の視点が役立ちます。どの視点で読むかによって、同じ投稿から見えてくるものが変わります。これらは 11.4 の「語りとして読む」を、より精密にするための〈読み方のレパートリー〉です。
📐 対位法的読解(contrapuntal reading)
音楽の対位法のように、支配的な声と、その陰で沈黙させられた声を同時に重ねて読む視点です(サイード Said 1993)。テクストを「裏側から」読み、語られなかった他者の立場を回復します。
SNS では:移住賛美の語りを、その傍らで沈黙する地元の人々の視点と重ねて読む。トレンドを、それが覆い隠す対抗的な声とともに読む。→ 多重性と響き合う。
🩺 徴候的読解(symptomatic reading)
テクストが「語らないこと」「矛盾」「空白」を徴候として読み、その背後に潜むイデオロギーや構造を暴く深層の読みです(アルチュセール/ジェイムソン)。
SNS では:「みんな幸せそう」な投稿が語らないもの、プラットフォームが構造的に隠すものを読む。→ 権力構造・アテンション経済と接続。
🪞 表層的読解(surface reading)
深層を掘るのではなく、テクストの表面に明らかに在るもの(形・パターン・記述)に注意を向けます(ベスト&マーカス Best & Marcus 2009)。過剰な深読みへの批判であり、距離をとって全体を量的に読む〈遠読(distant reading)〉も含みます(遠読は第12回で中心的に扱います)。
SNS では:投稿を額面どおりに記述し、表面のパターンや美学を捉える。→ 11.4 の「データとして読む」と地続き。
🌱 修復的読解(reparative reading)
何でも疑い悪を暴く「偏執的読解(paranoid reading)」に対し、断片から希望や慰め・ケアを組み立てる寛容な読みです(セジウィック Sedgwick 2003)。
SNS では:SNS を操作・監視として暴くだけでなく、人々がそこで見出す喜び・つながり・回復に目を向ける。→ 情動(affect)と接続。
4つは対立ではなく使い分け:徴候的(疑い)↔ 修復的(信頼)、表層(データ)↔ 深層(語り)という軸を意識し、問いに応じて読みを切り替えます。たとえば、SNS の分断を批判的に暴く(徴候的)一方で、同じ場で育つ連帯を救い上げる(修復的)──両方を行き来することで、投稿の意味は立体的に読み解けます。
D. 現象を読む ── 炎上・ミーム化・消費(ケース「危機感ニキ」)
ソーシャルメディアでは、ひとつの投稿が 炎上し、ミーム化し、消費されていく、という独特のサイクルがしばしば起こります。ここまでの視点・理論・読解を、実際の現象にあてはめてみましょう。
📌 ケース:「危機感ニキ」
男性向けの発信を行う「ジョージメンズコーチ」の「スポーツ経験がない男は危機感を持ったほうがよい」という趣旨の投稿が炎上しました。やがて投稿主は 「危機感ニキ」と呼ばれ(ネットスラングで、親しみや揶揄を込めて男性を「ニキ」、女性を「ネキ」と呼ぶ)、フレーズや人物像がテンプレート化されていきます。とりわけ 「厳しいって」がキーフレーズとして広まり、これを口まねしたり字幕に添えたりする投稿が量産されました。他の投稿者が真似てネタにしたり、「コラボ動画」が作られたりして拡散し、やがて飽きられ消費されていきました。
🔍 何が起きているのか
これは 男性性をめぐる偏った価値観が、ネタ化を通じて批判・脱構築されていく事例と読めます。元投稿が前提とする「強い男であれ」という規範を、ミーム群が裏側から笑いものにする ── まさに 対位法的・徴候的読解(C)で読み解ける現象です。一方で、炎上は注目を集め、アテンション経済のなかで娯楽として消費され、批判の鋭さが薄れていく面もあります。規範の問い直しと、消費による無害化が同時に進む点に、文化の再生産(11.3 A)の視点から注意が必要です。
深掘り:男性性の規範性(「こうあるべき」)
この事例の核心には、男性は「強く・競争的で・成果を出すべきだ」という規範性(「こうあるべき」という押しつけ)があります。「危機感を持て」という言葉は、男性に特定の生き方を命じる覇権的男性性(hegemonic masculinity)(コンネル)のあらわれです。達成・強さ・優位を男性に課すこうした価値観は 有害な男性性(toxic masculinity)とも呼ばれ、他者を貶めるだけでなく当人自身をも追い詰めます。ミームによる嘲笑は、この規範を相対化し批判する力を持ちます。ただし 「ニキ/ネキ」という男女二分の枠組みで語ること自体が、ジェンダーの二項対立を反復・強化してしまう面もあります(バトラーのパフォーマティヴィティ=ジェンダーは反復される行為であり、ミームの反復もまたジェンダーを作り直していく)。
さらに見逃せないのは、この投稿主が炎上を恐れるどころか、むしろ狙って引き起こしていた点です。批判に動じず炎上を受け流してみせること自体が、「強者男性」であることの自己呈示になっていたと読めます(自己呈示=11.3 B)。説いている「強くあれ」という規範を、炎上への態度そのもので体現していたわけです。炎上を糧に注目を集めるこの振る舞いは、アテンション経済とも結びついています。
記述(正しい知識)と規範(疑わしい視点)の混在
この投稿のもう一つの特徴は、記述的に妥当な知識に 規範的で疑わしい視点を混ぜている点です。たとえば「生活習慣を整える」「ジャンクフードではなくリアルフードを食べる」といった、健康に関する“当たり前に正しい”とされる情報(記述)はそれ自体うなずけます。ところがそこに「男はこうあるべき」という男性性をめぐる規範(規範)が紛れ込みます。前者の正しさが後者の説得力を肩代わりし、疑わしい規範までもが“自然で正しいもの”に見えてしまうのです。これは事実(is)と規範(ought)の区別が曖昧にされる典型で、「正しい知識にまぎれて運ばれている規範」を腑分けする徴候的読解(C)が有効です。
⚖ ジェンダーを分析するときの配慮
ジェンダー役割は社会的にとても敏感なテーマであり、分析にも倫理的な配慮が欠かせません。
① 批判している規範を、分析者自身が再生産しない(嘲笑に同調して別の偏見を強めない)。
② 炎上対象も含む当事者への情動的影響・実害を軽視せず、すべてを娯楽として消費する視線と距離をとる。
③ 自分がどの立場から誰を笑っているのかを問い直す ── 位置づけられた知(ハラウェイ, 11.3 B)と対位法的読解(C)。
④ 「笑い」の背後にある規範や痛みを徴候的読解で読み解きつつ、当事者が見出す意味や尊厳を修復的読解ですくい上げる。
⏳ 熱狂は一時的 ──「オワコン」化のはやさ
こうしたミームの熱狂はきわめて一時的です。ある日タイムラインを埋め尽くした話題も、数日から数週間で飽きられ、急速に 「オワコン」(終わったコンテンツ)と見なされて忘れ去られていきます。アテンション経済では「新しさ」そのものが価値を持つため、消費と忘却のサイクルがどんどん高速化しています。研究の観点からは、この移ろいやすさ・短命さ自体が分析対象になります。スクリーンショットやデジタル・フィールドノート(11.4 A)でその瞬間を記録しておかなければ、熱狂はあとから検証できないまま消えてしまうのです。
同じひとつの投稿でも、それを「語り」として読むか「データ」として読むかで、分析の仕方は大きく変わります。前者は一つひとつの投稿を、文脈をもった〈声〉として精読します。後者は大量の投稿を、集計・可視化できる〈数値〉の集まりとして俯瞰します。どちらが正しいということではなく、問いに応じて使い分け、両者を往復することが大切です。
🗣 「語り」として読む(質的・解釈的)
投稿を、誰が・どんな状況で・何を伝えようとしたのかという文脈をもった〈声〉として精読する。意味・文脈・情動を深く掘り下げるクローズ・リーディング(少数を厚く読む)。 → 下記 A の技法
📊 「データ」として読む(量的・計算的)
投稿を、集計・分類できる〈数値〉の集合として俯瞰する。語の頻度・分布・かたまりから全体の傾向をつかむディスタント・リーディング(多数を俯瞰する)。 → 下記 B の手法
A. 「語り」として読む ── 質的な観察・記録の技法
エスノグラフィー(民族誌)
エスノグラフィーとは本来、研究者がフィールド(現地社会)に長期間入り込み、参与観察やインタビューを通じて文化や生活世界を記述する手法です。これをソーシャルメディア研究に応用したものがデジタル・エスノグラフィーやオンライン・エスノグラフィーと呼ばれます。具体的には、調査者がある SNS 上のコミュニティに参加または閲覧し、その中で人々がどのように交流し文化を形作っているかを観察する方法です。従来のエスノグラフィー同様に継続的な没入と厚い記述(thick description)によってオンライン文化の深層に迫ることを目指します。
スクリーンショットによる記録
オンライン観察では、目にした画面をスクリーンショット(画面キャプチャ)として画像で保存しておく手法も有効です。SNS 上の投稿やコメントは後で削除されたり編集されたりする可能性がありますが、調査時点の画面をスクリーンショットで残しておけば、不変の証拠として後から検証できます。記録した画像には日時や出典(どのアカウントの何という投稿か)といったメタデータを添えて整理し、後で分析しやすい形で保管します。ただし他人の投稿を勝手に撮影・保存することにはプライバシーや著作権の問題も絡みますので注意が必要です。
ハッシュタグの追跡
ソーシャルメディアならではの観察手法として、ハッシュタグを起点としたデータ収集があります。ハッシュタグ(#○○)は特定の話題を示すメタデータで、同じタグを付けた投稿を検索すればその話題に関する人々の声を一覧できます。研究者は関心あるテーマや事件に紐づくハッシュタグを決めて、そのタグの付いた投稿を定期的にウォッチするのです。ハッシュタグ追跡は定量的分析とも親和性が高く、ツイート件数の推移をグラフ化したり、頻出語をテキストマイニングしたりすることで、ソーシャルメディア上の話題の盛り上がりや内容傾向を可視化できます。
デジタル・フィールドノート
オンライン調査でもフィールドノート(調査メモ)の作成は欠かせません。日々の観察で気づいたこと、驚いたこと、仮説や疑問点などを逐次書き留めておくことで、データに文脈と解釈の跡を残すことができます。フィールドノートには客観的記述と主観的解釈の双方を書くのが望ましく、後から見返したとき何が事実で何が自分の推測か区別がつくよう工夫します。重要なのは、データを集めっぱなしにせず日々言語化・整理することで、調査者自身の理解を深めると同時に後の分析に資する記録を蓄積することです。
B. 「データ」として読む ── デジタル・メソッド(計算的手法)
投稿を〈数値〉として俯瞰するのが、第10回で学んだデジタル・メソッド(digital methods)です。「ウェブ上に残されたデータを、社会を映す痕跡として読む」という考え方でした(Rogers 2013)。A の質的な観察(語りとして読む)に計算的手法を組み合わせることで、ミクロな「厚い記述」とマクロな「全体傾向」を行き来できます。ここでは代表的な4つの手法を紹介します。
① ワードクラウド × TF-IDF
投稿テキストを形態素解析で単語に分け、出現頻度を可視化したものがワードクラウド。さらに TF-IDF(ある語が特定の集団でどれだけ「特徴的」か)を使うと、ありふれた語を除いてそのプラットフォームらしい語を浮かび上がらせられます。
② 単語埋め込み(BERT)× UMAP
BERT などの言語モデルは、各投稿の意味を数百次元のベクトルに変換します。これを UMAP で2次元に圧縮すると、意味の近い投稿が近くに、遠い投稿が離れて配置され、投稿全体の「地図」が描けます。
③ トピックモデル(BERTopic)
BERTopic は、大量の投稿に潜むテーマ(トピック)を自動で抽出し、各トピックを特徴づける語を示します。単語の頻度しか見ないワードクラウドに対し、語のまとまり=話題の構造を捉えられます。
④ 説明可能 AI(XAI)による画像分析
画像投稿に対し、画像キャプション生成 AI(BLIP など)で「この画像は一般にどう見えるか」を言語化します。投稿者の意図そのものではありませんが、画像が受け手にどう認識されるか=暗黙の規範や情動を読む手がかりになります。
⚠️ 「データとして読む」だけでは足りない:こうした手法を通した可視化は分析の終点ではありません。「いいね数」や「再生回数」だけに引っ張られず、可視化が示すパターンを A の「語りとして読む」へ立ち戻って解釈・文脈づけすることで、はじめて文化的な意味が読み解けます。データと語り、二つの読み方を往復することが鍵です(位置づけられたデータ分析)。
ここまでの視点と手法が実際の研究でどう組み合わさるのか、本講義の担当教員自身による分析事例を紹介します。これは、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町への移住者が、ソーシャルメディア上で移住生活のビジョンや情動をどのように表現しているかを、デジタル人類学の立場から分析した研究です。
🧭 理論的な枠組み
鍵となるのは 多重性(multiplicity)という概念です(Mol)。同じ「移住」という現実も、プラットフォームが変われば異なる姿で立ち現れる──デジタル空間を単一ではなく多層的なものとして捉えます。さらに、データを中立な事実ではなく特定の文脈で生まれた 「位置づけられた知」とみる視点(Haraway)、投稿を 自己呈示(self-presentation)として読む視点、言葉になりきらない身体的反応としての 情動(affect)、そして「こうなりたい」という ビジョン=期待の社会学の視点が組み合わされます。
🔬 手法(11.4 の手法を実際に適用)
南三陸町の移住者に関わる YouTube・Instagram・Facebook の投稿を収集し、次の流れで分析しています。
▶ YouTube
「農業」「カフェ」「出る」「暮らす」など。移住後の個人の生活・体験を具体的に語る、自己言及的な自己呈示。
「ターン」「好き」「自然」「できる」など。移住のポジティブさ・感覚的な豊かさを視覚的に強調。
「地域」「協力」「資源」「化石」など。地域社会・共同体との協働、連帯感や貢献を共有。
💡 わかったこと
本章の概念とのつながり
この事例は、11.3 の視点と理論(自己表現・共同体・文化・権力/自己呈示・多重性・位置づけられた知・情動)と、11.4 のデジタル・エスノグラフィを計算的に拡張する方法を、ひとつの研究のなかで統合したものといえます。「数えること」と「読むこと」、「デジタル」と「対面」を往復することで、ソーシャルメディアを現代社会を読み解くフィールドとして扱えることを示しています。
出典:菅原裕輝「デジタル空間の多重性 ── 被災地移住のデジタル人類学」『文化人類学』第89巻4号、2025年。
🚀 進行中の研究プロジェクト
この事例で用いた人類学的 AI・説明可能 AIやデジタル・メソッドの発想を、生成 AI 時代の〈デジタル公共圏〉の再構築という問いへと展開する研究プロジェクトを、本講義の担当教員が現在進めています。SNS 上の分断や情動を読み解いたうえで、生成 AI と人類学の協働によって、より対話的で多声的な公共空間をいかにデザインできるかを探ります。
生成AIと人類学によるデジタル公共圏の再構築
Reconstructing the Digital Public Sphere through Generative AI and Anthropology
トヨタ財団 研究助成(課題番号 D25-ST-0089) プロジェクト詳細 ↗
フィールドワーク課題例
身近なソーシャルメディア上の現象を一つ選び、ミニ調査を行ってみましょう。例えば「X 上の地域コミュニティの観察」「Instagram で流行しているハッシュタグの分析」「YouTube の特定ジャンル(料理動画など)のコメント欄の雰囲気調査」等、関心のあるテーマを決めます。期間を決め(1週間から1か月程度)、毎日または定期的に関連する投稿や反応を観察・記録してください。方法としてはエスノグラフィー的にコミュニティの空気を読み取りつつ、特徴的な投稿はスクリーンショットで保存し、ハッシュタグの動向も追いかけます。
テーマ選定にあたっては、あまり広すぎず適度に絞り込むこと(漫然と「Instagram を調査」ではなく「Instagram における大学生カフェ巡り投稿の実態」のように具体化する)がポイントです。
注意点と倫理的配慮
本章では、ソーシャルメディアを ①知り(定義・歴史/特徴とプラットフォーム)、②分析し(分析の視点と理論 → 観察と計算の方法 → 実際の研究事例)、③自分で実践する、という流れで見てきました。鍵となるのは、「数えること(量)」と「読むこと(質)」、そして「デジタル」と「対面」を往復するという姿勢です。
最後に強調したいのは、ソーシャルメディアは単なる流行りの通信手段ではなく、現代社会を映し出す鏡であり、我々自身の生活文化や人間関係を深く考察するための「テキスト」でもあるということです。ぜひ批判的な目と探究心をもって SNS というフィールドに向き合い、自らの研究対象としうるものだという認識を深めてください。