調べる・集める・引用する
第3回 コーパス演習(2026年度)
現代の研究や学習では、デジタル技術を活用することで文献の探索から読解、引用までを効率化できます。本章ではまず、なぜ「読む」のかというディープ・リーディングの作法を確認し、続いて Literature Review(先行研究レビュー)として自分の研究を位置づける考え方、先行研究を探すための検索ツール、紙の資料をデジタル化して読みやすくする方法、文献管理ツールを用いた参考文献管理と引用の手法、そしてディープ・リーディングと対をなすシャロウ・リーディング(浅い読書)を AI を補助に用いて使いこなす作法を順に解説します。ツールの使い方だけでなく、その背後にある研究の作法もあわせて学んでいきます。
本章で扱うのは、文献を「調べる・集める・引用する」ためのデジタルツール群です。しかしそれらの話に入る前に、もっと根本的な問いから始めたいと思います。そもそも、なぜ私たちは「読む」のか? 読むという行為がどんな営みなのかを意識しているかどうかで、ツールの使い方も、文献との向き合い方も大きく変わってきます。
3.1.1 読むことは「能動的な」営みである
読書はしばしば、本のなかにある情報を頭のなかにコピーする「入力」のような作業として語られます。しかし実際には、読むことは情報を受け取るだけの受動的な営みではなく、「考える」ことと深く結びついた、きわめて能動的な営みです。
この能動性をうまく説明してくれるのが、心理学者 J. J. ギブソンの生態心理学(Ecological Psychology)です。ギブソンは、視覚を「網膜にスナップショットを撮ること」とみなす受動的な視覚理論を批判し、視覚とは環境のなかから「不変項(invariants)」を能動的にピックアップする行為だと論じました。私たちは目を動かし、頭を動かし、身体を動かしながら、環境と関わるなかで情報を立ち上げているのです。「行為としての視覚」という発想です。
読書もこれとよく似ています。文字列をただ目で「受け取る」のではなく、自分の経験・先行知識・問いを総動員しながら、テキストのなかに意味の構造を能動的にピックアップしていく ―― それが読書です。とくに人文学の文脈では、「読む」「考える」「書く」は分離した三つの作業ではなく、互いに編み合わさった一つの営みとして現れます。
3.1.2 ニュースと本 ―― 情報を得ることと、知識にすること
読むことの能動性とも深く関わるのが、「情報を得ること」と「知識にすること」は、プロセスが決定的に違うという点です。スマホでニュース記事を次々にスクロールしていく作業は、情報を入力するプロセスとしてはとても効率的ですが、それだけでは「知識」にはなりません。
情報を知識へと変えるためには、それを自分の問いや経験のなかに置き直し、噛み砕き、咀嚼し、ときに保留し、また戻ってきて考え直す ―― そういう考えるための時間が決定的に必要です。本を読むこと、とくに一冊の本と長く付き合う読書は、まさにこの「情報を知識に発酵させていく」時間の積み重ねでもあります。
本授業全体を貫くコンセプトでもある「発酵思考」は、まさにこの「時間をかけて考える」働きを大切にする発想です。深く読むことは、入力されたばかりの情報をすぐに使い切らずに、自分のなかでゆっくり発酵させて知識に育てていく営みでもあります。
3.1.3 「読むモード」を切り替える
読むことが能動的な営みであるなら、「何のために読むのか」によって、読み方も変わってきます。大きく分けて、二つのモードを意識しておくと便利です。
😊 Reading for Joy(楽しむための読書)
物語に身を委ね、リズムや言葉づかいを味わうことそのものが目的の読書。スピードや効率は脇に置いて、本との出会いを楽しみます。
🔍 Reading for Understanding(理解するための読書)
文章の論理構造を解きほぐし、著者が何を言おうとしているか・自分はそれにどう応答するかを丁寧に追っていく読書。研究の文脈ではこのモードが中心になります。
同じ一冊の本でも、目的によってモードを切り替えてかまいません。重要なのは、いま自分がどちらのモードで読んでいるのかを意識しておくこと。理解するための読書のときは、本の言葉を一語一語「読み解く」姿勢が必要になります。
3.1.4 文章にコーディングする ―― 6色マーカーで本を汚す
理解するための読書をするときに強くおすすめしたいのが、文章の意味を「コーディング」しながら読み進めることです。具体的には、6色のマーカーや色鉛筆を使って、文中の言葉を意味ごとに色分けしていきます。私が普段使っている色分けは次のとおりです。
🔴 赤:その文章の核となる主張・最重要文
🟡 黄:核となる主張を支える重要文
🔵 青:その文章で扱われる重要な概念
🟢 緑:重要な人物や組織の名前
🟠 橙:個人的にとても興味深いと感じた箇所
🟣 紫:「ここは違うのでは?」と疑問を持った箇所
これに加えて、鉛筆やフリクションで余白にたくさん書き込みをしていきます。要約、疑問、別の論文との関連、自分の研究への含意 ―― 思いついたことは何でも書き込みます。
こうしてたくさんマーカーを引き、たくさん書き込みをして、徹底的に「本を汚す」ことで、テキストに対する自分の解像度がぐっと上がっていきます。きれいな本のままにしておくよりも、自分の問いと痕跡で本を埋め尽くすほうが、結果的に本の中身は深く自分のものになります。なお、このウェブ教材で使っているマーカーも、上の6色ルールに合わせて配色しています。
3.1.5 読書は再帰的でループを含む ―― 忍耐の作法
もう一つ忘れてはならないのは、読書のプロセスは一方向的なものではなく、再帰的でループを含んだ営みだということです。最初から最後まで一度通しで読んだら終わり、ということはほとんどありません。
とくに人文学のテキストでは、一度読んだだけで理解できるテキストはあまり多くありません。同じ箇所に何度も戻り、別の章を読んでから前の章を読み返し、引用元の文献を覗いてからもう一度本文に戻る ―― そうやって、何周もしながら少しずつ理解を深めていく忍耐が求められます。
余談ですが、私自身が大学院生だった頃、指導教員から最も強く言われたのが「すがわらくんは読むときの忍耐力が足りない」という言葉でした。粘り強くテキストと向き合い続ける力 ―― これは、ある意味で日々の修行のような部分があり、時間をかけてじわじわ鍛えていくしかないものです。「深く読む」とは、待つことができる、戻ることができる、ということでもあります。
3.1.6 環境と継続 ―― ディープ・リーディングを支える土台
深く読むには時間がかかります。時間がかかる以上、続けられる仕組みをつくることがとても重要になります。
本章の以降の節では、こうしたディープ・リーディングを支えるためのデジタルツール ―― 先行研究の位置づけ方、文献検索、紙資料のデジタル化、参考文献管理、AI を補助に用いたシャロウ・リーディング ―― を順に紹介していきます。ツールはあくまで、深く読むという営みを支えるための装置だということを忘れないでいてください。
具体的なツールの話に入る前に、なぜ先行研究を調べるのかを改めて確認しておきましょう。Literature Review(先行研究レビュー)は、単なる文献リストの作成ではなく、自分の研究を「これまでの研究の流れのなかにどう位置づけるか」を決めていく、研究のもっとも重要な手続きの一つです。本章で扱うツールはすべて、この営みを支えるための道具立てです。
3.2.1 先行研究調査の意義 ―― 差異を描いて独創性を示す
研究の独創性や価値は、ある日突然「ゼロから生まれる」ものではなく、これまでの研究との関係のなかで初めて立ち上がってきます。つまり、過去の研究との差異を正確に記述することによってはじめて、自分の研究の独創性や意義が示せるのです。
同じテーマであっても、ある先行研究を中心に据えれば「Aの議論を継承・批判する研究」になり、別の先行研究を中心に据えれば「Bの方法論を応用する研究」になる、というように、引用する文献の選び方そのものが、自分の研究の輪郭を描く作業になります。Literature Review は、「読んだ文献の感想文」ではなく、自分の研究を学問の地図のうえに位置づけていく営みなのです。
3.2.2 「先行研究がない」とはなかなか言えない
調査を始めたばかりの段階では、「自分のテーマには先行研究がほとんどない」と感じることがあるかもしれません。しかし、先行研究がまったくないということは、ほとんどありません。多くの場合は、検索のスコープが狭すぎる、あるいは隣接する分野のキーワードまで視野に入っていないだけです。
研究テーマを少し抽象化したり、関連する概念・方法論・対象地域・時代の研究まで視野を広げてみてください。同じ対象を扱っていなくても、似た問いを別の対象に投げかけている研究、似た方法論で別の問いに迫った研究は、自分の研究を位置づけるうえでの大切な対話相手になります。スコープを広げて、もう一段抽象化した検索語で文献を探してみることが、ここでは何より重要です。
3.2.3 文献を読み解く三つの視点
先行研究をリストアップするときは、論文の本文だけでなく、その文献の「来歴」もあわせて見ておくと、自分の研究のなかでの位置づけがしやすくなります。とくに次の三つの視点を意識すると、文献の重みが立体的に見えてきます。
📚 掲載誌(ジャーナル)
どんなジャーナルに掲載されているか。査読の厳しさ、読者層、当該分野での位置づけがおおよそ読み取れます。
🔁 引用数
どれだけ後続の研究に引用されてきたか。古典として参照され続けているのか、最新動向なのかの目安になります(新しい論文ほど引用数は少ない点に注意)。
👤 著者の仕事
著者がこれまでどのような研究を発表してきたか。一連の仕事の流れを把握すると、当該論文の主張の文脈が立体的に理解できます。
これらは論文の中身を「正しい/誤り」と評価するためのものではなく、自分の研究との対話相手としての位置づけを決めるための補助線です。
3.2.4 専門ジャーナルの見取り図を持つ
研究を続けていくうえで、自分が専門とする分野について、国内誌・国際誌の双方を含めて、どのようなジャーナルが存在し、それぞれがどんな特徴を持つのかを整理しておくことを強くお勧めします。
「このテーマならまず A 誌をチェックする」「方法論寄りの議論なら B 誌の特集が手厚い」「英語圏の議論を追うなら C 誌・D 誌」――こうした見取り図を持っているだけで、文献調査の効率も、自分の研究を「どこに向けて書いているのか」という意識の解像度も、大きく変わります。論文を「どこに掲載するか/どこから情報を仕入れるか」を整理しておくことは、研究者としての軸を育てる作業でもあります。
3.2.5 先行研究の調査は AI で完全にできるのか?
最後に立ち止まっておきたいのが、「先行研究の調査は AI に任せきりでよいのか」という問いです。結論から言えば、完全にはできません。Literature Review が研究の中核に位置する作業である以上、ここを丸ごと外注してしまうことは、研究の輪郭そのものを他者に委ねることに近いからです。
生成AI や AI エージェントが整理した先行研究一覧は、表面的なキーワードの一致や引用数の多さに基づいてピックアップされたものであることが多く、自分の研究がどのように位置づけられるべきかを必ずしも正確にとらえているわけではありません。どの研究を中心に据え、どの研究と「対話」するかによって、自分の研究の輪郭そのものが変わります。だからこそ、自分で自分の研究を先行研究のなかに位置づけるという営みそれ自体が、研究の中核に位置するのです。
AI は、見落としがちな関連分野の文献を提示してくれる「視野の拡張装置」として大いに活用してかまいません。ただし、最終的に「この文献と対話する」と決めるのは、AI ではなく、研究者であるあなた自身です。次節以降で扱う Google Scholar や Zotero、AI ツールも、すべてこの営みを支えるための道具として位置づけてみてください。
Google Scholar(グーグルスカラー)は学術論文や専門書、報告書などを幅広く検索できるエンジンです。キーワードを入力するだけで多様な分野の文献を横断的に探せるため、先行研究の調査に大いに役立ちます。
3.3.1 検索語の設計と検索オプション
効果的な文献探索の第一歩は、適切な検索語を選び組み合わせることです。Google Scholar では基本的に複数の単語を入力すると AND 検索となり、単語間を空白で区切ることで指定できます。
検索結果が多すぎる場合は、検索結果ページ左側のメニューから「1年以内」等の期間指定や「日本語の文献のみ」などの絞り込みも活用しましょう。
3.3.2 引用関係を辿る(引用追跡と被引用文献の確認)
有用な文献を見つけたら、その文献の引用関係を辿って関連する研究を探すことができます。Google Scholar では各検索結果の下に「引用元」と数字が表示されており、これはその文献が他の何件の文献に引用されているかを示します。この「引用元」をクリックすると、当該文献を引用している後続の研究一覧が表示されます。
引用数が多い文献はその分野で一定の評価を得ている古典的研究である場合も多いので、一つの目安になります。
逆に、その文献が参考文献として挙げている先行研究(被引用文献)を辿ることも重要です。ある文献を起点に前後の関連文献を追跡することを「引用追跡」と呼び、体系的な文献レビューには欠かせない手法です。
3.3.3 関連文献の検索
Google Scholar の各結果には「関連記事」あるいは「関連文献」といったリンクも表示されます。これは現在表示している文献と内容的に類似した他の文献を Google がアルゴリズムで判断してリストアップしてくれる機能です。キーワードが完全には一致していなくても、テーマや分野が近い論文を網羅的に見つけたい場合に便利です。先行研究調査の際には、直接のキーワード検索だけでなく、こうした横断的なアプローチも組み合わせると網羅性が高まります。
3.3.4 マイライブラリ機能とアラートの活用
Google Scholar には、見つけた論文を保存して後から閲覧できる「マイライブラリ」機能があります。検索結果の「☆(保存)」アイコンをクリックすると文献情報が保存されます。保存された文献にはラベル(タグ)を付けて分類することも可能で、例えば「先行研究」「方法論」「統計資料」などとラベル分けして管理すれば、後で必要な文献を探しやすくなります。
さらに、新着文献の見逃しを防ぐには「アラート」機能が便利です。特定のキーワードやトピックについての検索アラートを設定しておくと、その条件に合致する新しい文献が登録された際に指定したメールアドレスへ通知が届きます。例えば「デジタル・ヒューマニティーズ」というキーワードでアラートを作成しておけば、そのテーマに関する最新の論文や記事が公開されるたびに自動で知らせてもらえます。
書籍や論文の紙媒体の資料も、デジタル化することで取り回しやすくなり、検索や引用が容易になります。ここではスマートフォンなどを利用した紙資料のPDF化と、OCR(光学文字認識)によるテキスト化、さらにデジタル化した資料の整理方法について紹介します。
3.4.1 スマートフォンによるスキャンと PDF 化
近年はスマートフォンを用いて手軽に紙の資料をスキャンし、PDF化することが可能です。専用のスキャンアプリを使えば、書類や本のページをカメラで撮影するだけで自動的に台形補正やトリミングが行われ、読みやすい電子文書に変換できます。
CamScanner
iOS/Android 向け定番。ページの検出・補正が優秀。複数ページを1つの PDF にまとめられます。無料版でも基本機能は十分。
Adobe Scan
Adobe 社提供の無料アプリ。高品質なスキャンが可能。自動的に OCR を実行して PDF にテキスト情報を埋め込む機能も。
Genius Scan
シンプルながら高機能。画像の鮮明化や色調補正など多彩なオプション。各種クラウドサービスへの保存も容易。
3.4.2 OCR によるテキスト化と活用
スキャンした PDF や画像データから文字を読み取ってテキストデータに変換する技術を OCR(Optical Character Recognition、光学文字認識)と呼びます。OCR を施すことで、紙の資料から起こした PDF 内の文字をデジタルテキストに変換し、全文検索やコピー&ペーストが可能になります。
OCR の注意点:元のスキャン画像の品質が精度に影響します。特に縦書きの日本語や古い活字、特殊なフォントの場合は認識ミスが起こりやすいので、重要な引用に用いる場合は原本と照合して確認しましょう。
3.4.3 電子化資料の整理と保存術
デジタル化した資料が増えてくると、ファイル名や保存場所の整理が大切になります。例えば Scan0001.pdf のような無機質なファイル名ではなく、著者名_論文タイトル_出版年.pdf のようにリネームしておけば、中身を推測しやすくなります。
紙の資料をデジタル化する際には、研究目的の範囲内でのみ利用し、著作権に配慮して扱うことも忘れないようにしましょう。
最後に、収集した文献情報を整理し、論文執筆時の引用作業を支援してくれる文献管理ツールとして Zotero(ゾテロ)の使い方を解説します。Zotero は無料で使えるオープンソースの文献管理ソフトウェアで、Web ブラウザと連携して文献情報を収集・蓄積し、論文やレポートの作成時に引用や参考文献リストを自動生成してくれる強力なツールです。
3.5.1 文献情報の自動取り込み(ブラウザ連携)
Zotero の大きな利点の一つが、ブラウザの拡張機能(コネクタ)を使った文献情報の自動取り込みです。パソコンに Zotero 本体をインストールし、あわせて Chrome や Firefox、Safari などに Zotero Connector を追加します。すると、学術論文のページや図書のデータベース、雑誌記事のウェブページなどを開いた際に、ブラウザのツールバーに書籍や論文風のアイコンが表示されるようになります。
その状態でアイコンをクリックすれば、現在閲覧中の文献情報が Zotero に保存されます。論文データベース(CiNii Articles や J-STAGE、PubMed 等)の論文ページや、学術ジャーナルのウェブサイト上で PDF を開いている場合でも、Zotero が適切なメタデータと共に PDF ファイルそのものをダウンロードして保存してくれることがあります。
3.5.2 手動での文献登録とメタデータ補完
自動取り込みだけではカバーしきれない資料や、自分でスキャンした文献なども Zotero に登録できます。「新規アイテムを追加」ボタンから文献の種別を選んで手動で書誌情報を入力できます。古い書籍や非公開資料でオンライン情報源がない場合でも、この手動入力で著者・タイトル・出版年などの項目を埋めれば、自分だけの文献データベースに組み込むことができます。
また、既に手元に PDF ファイルがある場合は、それを Zotero のウィンドウ内にドラッグ&ドロップするだけで登録が可能です。Zotero は PDF 内に埋め込まれた識別子(DOI や ISBN)を手がかりに、自動的に対応する文献情報をインターネット上から探してきて項目を埋めてくれます。
いずれの場合も、取り込んだメタデータに漏れや誤りがないか確認し、必要に応じて補完・修正しておくことが重要です。特に和文の文献では、アルファベットのローマ字表記と漢字記が混在するといった問題も起こり得るので、論文内での表記統一のためにも適切に編集しておきましょう。
3.5.3 コレクションとタグによる分類整理
Zotero では、収集した文献を効率よく管理するためのコレクション(Collection)機能とタグ(Tag)機能が用意されています。コレクションとは Zotero 内の仮想フォルダのようなもので、特定のテーマやプロジェクト毎に文献を仕分けておくことができます。
一方、タグは文献に自由につけられるキーワードラベルです。読んだ文献に「重要」「再読」「統計分析」「理論 A」といったタグを付けておけば、必要なときにフィルターして該当する文献だけを一覧表示できます。コレクションとタグを併用することで、物理的な書架に本を並べるのと同じ感覚で分野や目的別に文献を整理しつつ、タグという付箋のようなもので縦横無尽にグルーピングできるのが Zotero の強みです。
3.5.4 論文執筆時の引用と参考文献リスト出力
Zotero が真価を発揮するのは、実際に論文やレポートを執筆する際の引用管理と参考文献リスト(Bibliography)の自動生成です。Zotero は Microsoft Word や LibreOffice、Google ドキュメントと連携するプラグイン/アドオンを提供しており、執筆中の文章内にシームレスに引用を挿入できます。
例えば Word の場合、Zotero をインストールすると「Zotero」タブが追加され、そこから「Add Citation」ボタンを押すと文献を選択するダイアログが現れます。著者名やタイトルの一部を入力して文献を選ぶと、指定した書式(例えば APA スタイルなら「(Yamada 2020)」のような形式)で文中に引用が挿入されます。
論文全体の執筆が終わった段階で「参考文献リストの挿入」を実行すれば、引用済み文献が指定したスタイルですべて自動的に整形されて出力されます。手作業で一つ一つ書誌情報を整えたり順番を並べ替えたりする必要がないため、大幅な時間短縮とミス防止につながります。Markdown 形式で執筆を行う場合にも Zotero を活用する方法があり、BibTeX 形式のデータベースをエクスポートして Pandoc や LaTeX で引用するという手法も可能です。
3.5.5 引用スタイルの切り替えと調整
Zotero の便利な機能として、引用スタイル(Citation Style)の切り替えがワンタッチで行える点があります。ある論文を執筆中に最初は APA スタイルで引用していたが、投稿先の規定で急遽 Chicago スタイルに変更しなければならなくなった、という場合でも、Zotero 連携で挿入した引用であればスタイル変更を自動で反映できます。
Zotero にはデフォルトで主要な国際的スタイル(APA、MLA、Chicago、IEEE など)が含まれていますが、それ以外にも数千種類に及ぶスタイルが公開されており、必要に応じて追加でインストールできます。和文誌向けのスタイルも提供されている場合があります。なお、スタイルを適用した後との参考文献リストはソフト任せにせず、念のため人間の目で細部をチェックすることをおすすめします。
3.5.6 PDF 管理、注釈機能とクラウド同期
Zotero は文献情報だけでなく、実際の論文 PDF や資料ファイルも一緒に管理できます。Zotero 内で文献をダブルクリックするだけで PDF を開いて内容を確認できますし、いちいちエクスプローラー上でファイルを探す必要がなくなります。
Zotero 6 以降では、PDF リーダー機能がソフトウェア本体に統合され、Zotero のウィンドウ内で直接 PDF を開いて閲覧・ハイライト・注釈付けを行えるようになりました。重要な箇所にハイライトマーカーで色を付けたり、メモを書き込む(デジタル付箋を貼るようなイメージ)ことで、読んだ文献から得た知見や引用したい一文をすぐに取り出せるようになります。Zotero 上で付けたハイライトやメモは、後で「ノート」として抽出し、文献の要約や抜き書き集として整理しておくことも可能です。
複数のデバイスで使う場合やデータのバックアップとして重要なのが同期(Sync)機能です。Zotero は無料アカウント登録をすることで、文献データベースをクラウド上に同期できます。文献情報(メタデータやノート、タグ等)の同期は容量無制限ですが、PDF など添付ファイルの同期には無料で 300MB までの容量制限があります。同期機能を活用すれば、自宅のパソコンで収集した文献を大学の PC から参照したり、出先でタブレット版 Zotero から閲覧するといったことも容易になります。
本章のここまで、3.1 で論じたディープ・リーディングを学びの中心に据える、ということを繰り返し強調してきました。一方で、現実の研究や学習の場面では、目に入るすべての文献を深く読むのは時間的に不可能です。そんなときに頼りになるのが、ディープ・リーディングと対をなす「シャロウ・リーディング(shallow reading/浅い読書)」です。本節では、シャロウ・リーディング全般を見渡したうえで、とくに AI を補助として活用するやり方に焦点を当てて紹介します。
3.6.1 シャロウ・リーディングとは ―― 速読・斜め読み・部分読み、そして AI
シャロウ・リーディングとは、テキストを目的に応じて浅くスキャンしながら読む幅広い読み方の総称です。歴史的にもさまざまな技法が培われてきました。
こうしたシャロウ・リーディングは、デジタル時代に入って爆発的に増えています。リテラシー研究者の Maryanne Wolf は『Reader, Come Home』(2018) などで、スマホ・SNS・短文ニュースに囲まれた現代では、人々の読書がシャロウ・リーディング側に偏り、脳のなかで「ディープ・リーディング回路」が痩せ細っていく危険性を指摘しています。
大切なのは、シャロウ・リーディングそれ自体を「悪」と決めつけるのではなく、ディープ・リーディングと 意識的に使い分け、読み方を切り替えられるようになることです。本節では、その使い分けのなかで、AI を補助に用いるやり方に焦点を当てます。
3.6.2 AI 補助のシャロウ・リーディングが有効な場面
AI を介したシャロウ・リーディングはあくまで補助的な手法であり、ディープ・リーディングを置き換えるものではありません。次のような場面では、上手に組み合わせることで読解の負担を軽減できます。
AI 補助のシャロウ・リーディングを行う前提として、対象の PDF ファイルが OCR 化されている(テキストとして抽出可能になっている)必要があります。OCR 化の方法は 3.4.2 を参照してください。
3.6.3 NotebookLM と Gemini の使い分け
同じ Google 系のサービスでも、NotebookLM と Gemini では仕組みも得意分野も異なります。シャロウ・リーディングの目的に応じて使い分けるのが大切です。
📓 NotebookLM
アップロードしたPDFの中身を都度検索しながら回答を生成する RAG(Retrieval-Augmented Generation/検索拡張生成)という仕組みに基づいています。
そのため Gemini に比べて、ハルシネーションが起きにくい構造になっています。原文に忠実な要約や訳出を行いたいときに向いています。
✨ Gemini
汎用AI であるため、PDFに書かれていない背景知識や関連情報も含めて説明を作成する傾向があります。
説明が分かりやすくなる反面、ハルシネーションの危険があるため、より注意が必要です。用いる際は必ず原文との対応関係を確認しましょう。
原文への忠実さを重視するなら NotebookLM、難解な箇所をかみ砕いて理解したいなら Gemini、というように両者を組み合わせるのがおすすめです。Gemini を使う場合でも、出力を鵜呑みにせず、必ず該当箇所の原文を開いて突き合わせる習慣をつけてください。
3.6.4 AI を用いたシャロウ・リーディングの活用パターン
AI に対する指示の出し方によって、シャロウ・リーディングの粒度を変えることができます。目的に応じて以下のような使い方が考えられます。
いずれの場合も、出力された要約・訳・解説と原文を必ず往復しながら読むようにしてください。AI が省略した論点や、誤解した部分が必ず存在しうるという前提で扱うことが大切です。
3.6.5 それでもディープ・リーディングを中心に置く理由
ただし、AI を介したシャロウ・リーディングは、原文から直接味わえる読書体験をかなり薄めた形になることを忘れてはいけません。基本的には、原文そのものに触れることを強くお勧めします。原文から直接得られる感動や読書体験は、人生や自分の考えを深く形成していくものだからです。
一方向的・ワンショットのシャロウ・リーディングは、対象の文章を「処理」して終わりにしてしまいがちです。これに対し、同じ文章を何度も繰り返しながら紙で読み、マーカーを引いたり、書き込みをしたりするディープ・リーディングは、文章と長く付き合うなかで自分の思考そのものを練り上げていく営みです(3.1 で論じた「発酵思考」とつながります)。
シャロウ・リーディングはあくまで「どうしても」のときの補助線として位置づけ、可能な限り、原文に向き合うディープ・リーディングを学びの中心に据えてください。シャロウ・リーディングで得たとっかかりを足がかりに、最終的にはもう一度原文に戻り、自分の手と目で読み込むこと――これが本章の到達点でもあります。
以上、なぜ「読む」のかというディープ・リーディングの作法から出発し、Literature Review として自分の研究を先行研究のなかに位置づける考え方、Google Scholar による文献探索、紙資料のデジタル化、Zotero による文献管理と引用支援、そして AI を補助に用いたシャロウ・リーディングの作法までを解説しました。デジタルツールは「調べる・集める・引用する」という研究プロセスを大きく効率化してくれますが、その先にあるのは、情報を知識へと発酵させていくディープ・リーディングと、先行研究のなかに自分の研究を自ら位置づける営みです。本章で紹介した手法を実践しながら、ツールに任せきりにできない研究の中核を、自分の手と頭で引き受けていってください。